参 レイラ、知識チートする

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参 レイラ、知識チートする

 夜、私はヴァンヘルシュタイン公爵家に間借りしている一室で手紙を書いていた。ザカライアの夢、それはきっと私の夫になることと、魔術の道…。一見、交わりそうにない二つの夢を、叶えさせてあげたいと思った。 「——これでよし、と」  丁寧に便箋を折りたたみ封筒に入れて封蝋する。シュテルンベルク侯爵家を現す、蝶が羽ばたく家紋に象られた蝋を優しく撫でて、願いを込めた。上手く行きますように、と。  手紙をサイドテーブルに置くと、私は気を取り直して読みかけていた本を開いた。  コンコン、と扉をノックされたので直ぐに顔を上げることになるのだが。 「はい」 「…レイちゃん、もう寝る?」  扉の向こうから、ザカライアの遠慮がちな声。私は本に栞を挟み閉じると、扉を開けてやるために席を立った。 「いいえ、もう少し起きてるわ。お喋りでもする?」  扉を開くと、夜着姿のザカライアが立っていた。日中は肌を露出させない服装を好むザカライアだが、薄手の夜着は胸元が大きく開いていて、喉仏、鎖骨ときて胸板までバッチリ丸見えだ。  普段見えないところが見えると、何故こんなにも官能的に映るのか。…これは、私の頭が情欲に塗れているだけ?  思わずゴクリと大きく喉を鳴らして、ザカライアのはだけたと言っても過言ではない、夜道なんか危なくて絶対に一人では歩かせられない姿をまじまじと堪能していると、私もザカライアに見られていることに気付いた。  ——胸、だ。ザカライアの視線が私の胸に向いている。  まあ、私も夜着姿なので薄着なのだが、ザカライアにここまで露骨に性的な目を向けられたのは初めてかもしれない。これも、母一押しの『ラブキュン・レースネグリジェ(母命名)』のお陰だろう。  ザカライアを好きだと自覚してから、私の思考が恋愛方面へ引っ張られつつあるのか、好きな人の目線を奪えたことに、私は初めて母の趣味に感謝した。  少し谷間も見えるし、肌が部分的に透けて見えて、腰あたりは細く締まったデザインで、男の性を刺激する代物ではないだろうか?  私はあまり胸や尻が大きい方ではなく、どちらかと言えばスレンダーな部類の体型なのだが、この夜着のお陰で女らしい魅力が底上げされている気がする。  私は内心で悪戯な笑みを浮かべて、目の前の、私の体に釘付けな我が婚約者を少し揶揄ってやることにした。 「ザッくん…?」  固まっているザカライアを上目遣いで見上げて、薬指と小指で耳にかかっている髪を後ろにかける仕草を見せる。ついでに少し屈んで、胸元を強調してみた。…私の中の色っぽい仕草がこれくらいしか思い付かなかったのだが、純粋なザカライアには効果的面だろう。 「はう、れ、レイちゃんっ…」  と、悶えている姿を見るに大成功だ。気を抜くと達成感よりも羞恥心が上を行く危険性のあるお色気攻撃だが、やって良かった。真っ赤な顔で瞳を潤ませるザカライアはとても可愛い。私にここまで乱されるのは、きっと貴方だけ。そんなザカライアが見れて、十分に満ぞ、く——。 「え!?」  急に抱き締められた私は、動揺する声を上げた。 「本当に、だめだよ…」  私はいとも簡単にザカライアの腕の中へ囚われて、そのまま、滑らかな肌触りの筋肉質な胸板に押し当てられる。熱く、少ししっとりとした胸から煩いほどに早打ちするザカライアの心音を聞きながら、何が起こったのか、理解するまでに数秒かかった。 「…レイちゃん、わざとでしょ」  すり…と、ザカライアの大きな手が私の腰を撫でるように動いたので、体が敏感に反応して私は咄嗟に顔を上げた。  最高級のパープルダイヤモンドよりも美しく輝く紫の双眸とすぐに目が合う。ザカライアの柔らかそうな唇からはっきりと吐息が聞こえるほどに近く、何故か私の後頭部にザカライアの手が添えられた。 「僕を揶揄って、楽しい…?」  苦しげな表情で、甘い息を吐き出して、私を逃がさないとでも言いたげに見つめて、まるでキスをする瞬間を切り抜いたように、私たちは見つめ合ったまま動けなかった。  最近よくザカライアに唇をなぞられて、期待、してしまっているのかな。  好きな人とのキスって、どんな感じだろう——?
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