参 レイラ、知識チートする

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 まあ、公爵がこの場にいても問題ない。むしろ、ギャラリーが多くいる方が、場合によっては事態が好転するかもしれないし。  私がザカライアと並んで、父の目の前のソファーに腰を下ろすと、見計らったようにメイドがティーワゴンを運んで来た。 「それよりレイラ、私のことは『公爵』ではなく、『お義父様』と呼んでいいと何度言ったら…」 「公爵、レイの父親は、まだこの世に私だけですよ」  父と公爵が互いに譲らないと火花を散らしている中、私とザカライアは運ばれてきた茶菓子と紅茶をのんびりと堪能していた。  この二人は顔を合わせる度に、私の父親の座を主張し合っているのだ。いい加減、飽きないものかと呆れて父たちを眺めていると、ザカライアが耳元に口を寄せて小声で話しかけてきた。 「父親は二人になるけど、レイちゃんの夫はこの世に一人だけだものね」  ザカライアを見ると、少し勝ち誇った表情を浮かべて笑っていた。  全く、何を張り合っているんだか。 「ザッくんの妻も、この世に一人だけということを忘れないでね」  私が照れ隠しにパチリとウインクして見せると、ぽっと頬を染めるザカライアが嬉しそうに笑った。 「…レイ、父親の前で他の男と仲睦まじくしてはいけないよ? ほら、私の心はとても繊細なんだから…」 「ザック、いいぞ。もっとやりなさい。そして早く結婚して、私の長年の夢『娘との街デート』を叶えさせてくれ」  …この娘バカ親父達はどうしたものかしら。  気を取り直した父がひとつ咳払いをついて、「それでレイ、話とは何だい?」と本題に入った。私は啜っていたティーカップをソーサーの上に静かに置いて、父を真っ直ぐに見つめる。その時、緊張を紛らわすように背筋をいつも以上に伸ばした。 「お父様…いえ、シュテルンベルク侯爵様」  私の言葉を受けて、父の表情が変わった。人好きのする穏やかな笑みを浮かべる表情から、優しい笑みは変わらずともどこか底知れない笑顔を浮かべる表情へと。  それは未だかつて家族に見せたことのない父の表情で、シュテルンベルク侯爵としての表情だった。 「私、レイラはシュテルンベルク侯爵様の持つ商業ギルドで商会登録し、開業したいと考えております」  隣で茶菓子を口に運んでいたザカライアの手が止まる。息を呑んでいるあたり、驚いている様子だった。公爵は「ほお…」と面白そうに声をもらし、父は笑みを深める。私は予め、この事を父に手紙で伝えていたので、父は既に把握済みだ。 「開業?」  黙っていられなかったのか、ザカライアが尋ねてきた。この世の中、女性の起業家は全くいないとは言わないが、ごく少数派なので驚くのも無理はない。 「ザッくん、私、頑張るから」  答えになっていない回答を受けたザカライアは、困った顔をした。 「手紙でレイラの希望は聞いたけれど…なんでまた起業したいと思ったんだい?」  父はこちらを観察するような目を向けて、ゆっくりとした口調で問うてきた。  起業したい理由…その理由は勿論、ザカライアだった。 「私も、ザッくんに相応しい伴侶となるための努力をしていきたいからです」 「……うん?」  思いがけない私の答えに、父は目を丸くする。 「ザッくんの夢は、第一に私の夫、第二に魔術の道へ進むことです」 「れ、レイちゃんっ?」  突然、自身の夢が他人の口から暴露されたことに、真っ赤な顔で狼狽えるザカライアは、遠慮がちに私の肩をトントンと指で軽く叩いていた。けれど私はそれを無視して、真っ直ぐに真剣な顔で父を見据える。 「このままでは、ザッくんは魔術の道を諦めてしまいます。叡智と謳われる魔術師を師に持ち才能だってあるのに、私は、自分の夫にそのような我慢はさせたくない!」  父と公爵が、私の勢いに僅かばかり仰け反った。 「…うん、うん、分かったよ。理由と、レイの熱い思いは十分に理解した」  「親子揃って熱烈だなぁ」とこぼす公爵を横目に、父は居住まいを正すと、私に向き直る。 「でも何故、レイが起業することと、ザカライアくんの夢が叶うことが繋がるんだい? 侯爵家に婿入りして貰ったら、彼にはそうそう侯爵領から離れられないほどの責任が伴うことになる。それを考えると、魔術の道を極めるに必須な放浪の旅など、絶対に出来なくなるんだよ」 「そこですよ、お父様!」  私はぱん、と両手を叩いて鳴らし、明るい声で言った。
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