肆 再会と涙と、友情

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肆 再会と涙と、友情

「ねぇねぇ、そこの貴女」  放課後、夕陽の差し込む庭園沿いの通路を歩いていると、ふいに声をかけられた。普段よく行動を共にする友人たちは一緒におらず、私が一人の時に起こった出来事。 「…っ、貴女はっ…!」  声のする方へ振り返ると、そこにはとても見覚えのある美少女が立っていた。甘い匂いが漂ってきそうなストロベリーブロンドをツインテールに、爽やかな青空のように綺麗な青い瞳。『特別』としか表現のしようがない整った可愛らしい顔立ちは誰もが目を惹く美貌だろう。  確かに、同じ学園に通っているので存在は把握していたが、クラスが違うと顔を合わせることなど特になく、それに、最近は学業に加えて起業の準備に本格的に追われてもいたので、考える余裕などなかった。だから、いきなり目の前に現れられて、とても驚いた。 「ふふ、やっぱり。あたしのこと知ってるよね?」  彼女は愛らしい笑みを浮かべて、軽い足取りで歩み寄ってきた。 「一応、自己紹介するね。あたしは『ヒロイン』のキャロライン・ハーパー。ハーパー伯爵家の長女だよ」  『ヒロイン』。確かに彼女はそう言ったので、私は更に驚いて声を失ってしまった。 「貴女、レイラ・シュテルンベルクでしょ? はじめ、誰だか分かんなかったよぉ」  伯爵令嬢が侯爵令嬢の私の名を呼び捨てにしたり、馴れ馴れしく話しかけてくるところを他の誰かに見られると、大変なことになるだろう。けれど、あまりの驚きに私はそれを指摘してやる余裕もなかった。 「ねえ、貴女さ、」  私の目の前に立ち微笑む、『ワタプリ』のヒロイン、キャロラインがぐっと顔を近付けてきた。 「転生者、でしょ?」  私が出来たことと言えば、息を呑むことくらいで、そんな私を見てキャロラインはけらけらと楽しげに笑った。 「私もね、実は転生者なんだ」 「…本当に?」  ここでやっと言葉を返した私に、キャロラインは嬉しそうにニンマリと笑う。 「うん、本当! あたし、すっごく嬉しい! あたしと同じ女の子がいたこと、この世界でずっと一人だと思っていたから、すっごく、すっごく嬉しいの!」  キャロラインは可愛らしくぴょんぴょんと飛び跳ねて、喜びを全身で現しているようだ。 「『ワタプリ』のレイラと全然違うから、あたしすぐ分かっちゃったんだ! 同じ転生者だろうなって。仲間が出来て嬉しいっ」  キャロラインに転生した彼女はよく笑う人のようで、久しぶりに聞いた前世の砕けた話し言葉に、私も思わず釣られて笑ってしまった。  そんな私の手を突然鷲掴みにしてきたキャロラインにとても驚いたが、彼女は目を輝かせながら言った。 「ねえ、あたし達、友達にならない!?」 「えぇ、もちろんよ。ハーパー伯爵令嬢」  私も頷いて微笑むと、キャロラインは笑顔から一転、すこし不機嫌そうな顔で口を尖らせる。 「やだ、堅苦しい口調。もしかして、こっちの世界に染まっちゃった?」 「いえ、別に。前世でも元々こういった口調だったから、特には」  お互い転生者とはいえ、私たちが今生きている世界はこちらなので、最低限の、侯爵令嬢としての礼儀を守っているだけである。疑う目付きで「へぇ」と相槌を打たれたが、そんなに親しくもないのに不躾な態度を取られる筋合いもないと思い、少しキャロラインに苦手意識が芽生えてしまった。 「もしかしなくても、この世界での身分を持ちだして、口調や態度に気をつけろなんて、言わないよね?」 「……特に言うつもりもなかったわ」  結構、かなり、このキャロラインは苦手だ。私の淡々とした対応に、不服そうでありながらも、「まあいいか」と、気を取り直して笑顔を浮かべるキャロラインが尋ねてきた。 「貴女の名前は何て言うの? あ、向こうの世界の、ね! あたしの名前は神代 愛花、アイカって呼んで!」  その名前を聞いて、「え!?」と私は声をあげた。キャロラインは驚いた表情を私に向けて「え、なに!?」と反応を返す。とても知っている名だったからだ。私の、前世で特に仲良くしていた三人の友人のうちの一人と、名前が同じだったから。  私は自分でも気付かないうちに涙を流していた。その本人なのかは分からない。ただの同姓同名なだけなのかもしれない。けれど思い出してしまう、私の前世の人生の最期で、突進してくる乗用車から身を挺して守ろうとした友人の顔を。 「私の、名前は…蝶ヶ崎 嶺羅…よ」  涙に震える声で名乗った。すると目の前のキャロラインは固まってしまい、ぽつりと呟くように言った。 「…うそ…レイちゃん、なの…?」
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