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「レオンハーツ王子には、婚約者がいたでしょう?」
「あぁ、うん。順調にあの悪役令嬢から注意と嫌がらせを受けてるよ。ストーリー通りに進んでいるから心配しないで!」
いや、私はそんな事を心配しているのではない。
「アイちゃん、ここはゲームじゃないのよ。婚約者のいる殿方と親しくするのは、やはり理に反しているわ…」
「何言ってるの、レイちゃん?」
私の言葉を掻き消すように、威圧的な空気を発するキャロライン。
「だって、『そういうもの』、でしょ?」
キャロラインの青い瞳が昏くなった気がした。何だか、私とキャロラインは同じ世界を生きていないように感じて…少しの恐怖心と目の前の不穏な様子を見せるキャロラインに、何も言葉が出てこなかった。
「レイちゃん、探したよ!」
その時、キャロラインの肩越しに、こちらに手を振りながら駆けてくるザカライアの姿を発見し、私は救われた思いだった。
「あ、ザッくん…」
私の視線を追うように、キャロラインが後ろを振り返る。
「ちょ、ちょっと! レイちゃん! あのすんごいイケメンは一体誰!?」
興奮し浮立つ様子のキャロラインに、いらっとした。
ザカライアが私たちの元に到着すると、キャロラインは期待した目をザカライアに向けている。その表情は上目遣いで、とても可愛らしい。
ザカライアは私とキャロラインを順番に見てから、はっとした顔で私の目元に手を伸ばしてきた。
「レイちゃん、泣いたの? 何かあった?」
とても心配した顔をして、私のまだ熱を持った瞼にそっと優しく触れてくる。それがくすぐったくて、私は微笑みながら「大丈夫よ」と言った。
私たちの親密そうなやり取りを目の当たりにしたキャロラインは、勢いよく私の腕を掴んでは自身の方へと引き寄せて、慌てたように問いただしてきた。
「ねぇっ、このイケメンと、どんな関係なのっ!?」
ザカライアが眉を顰めてキャロラインを見た。
「…レイちゃん、こちらのご令嬢は?」
明らかな敵意のこもったザカライアの視線に、私はしまった、と思い口を開こうとするも、キャロラインに押しのけられてしまう。
「あたし、キャロライン・ハーパーと申しますっ、あの、貴方様のお名前は…?」
キャロラインの勢いによろけてしまった私の肩を抱きとめて支えてくれたザカライアは、益々、キャロラインに対して厳しい目を向けた。
「僕はザカライア・ヴァンヘルシュタインです。レイラ・シュテルンベルク嬢の婚約者です」
「……え…?」
ザカライアの自己紹介を受けて、キャロラインが固まる。
「あの、醜い次男が、この人…!?」
私は慌ててキャロラインに耳打ちする。キャロラインの言葉がザカライアに聞こえないように、と思ったが、一歩遅かったような気がする。
「アイちゃん、確かに私たちは友人だけど、前のように接していては、周りの目が厳しくなるわ」
「え、う、うん…?」
ザカライアの存在が衝撃的すぎて理解が追いついていないのか、気の抜けた返事をするキャロライン。
「二人きりの時は構わないけれど、人の目がある時は互いの立場に則って接しましょう。じゃないと、アイちゃんの立場が悪くなってしまう」
「! そ、そうね!」
周りに批判される時、私とキャロラインであれば必ず家格の低いキャロラインがターゲットになるだろう。それをキャロラインも理解してか、私の言葉に頷いた。
「良かった…アイちゃんと話せて本当に嬉しかった。今日は、もう行くわね…?」
私は少しでもキャロラインとザカライアを引き離そうと、別れの言葉を切り出すと、キャロラインは可愛らしく微笑んでから小さく手を振った。
「うん…じゃなかった、はい、レイラ侯爵令嬢。本日は有難うございました」
私たちは互いに会釈して、別れた。ザカライアの何か言いたげな視線には気付かないふりをした。
✳︎
去っていくレイラとザカライアの後ろ姿を見つめながら、キャロラインは浮かべていた笑顔をすっと無表情なものにする。
「なに、あれ…」
面白くはない。やっと手に入った自分が中心の世界で、モブキャラが素敵な婚約者を手に入れていた。こちらの世界でも勝ち組のつもり? と、思った。
しかし、前世の友人であるレイラとの再会は素直に嬉しい。また前のように楽しく遊べたらいいなと、懐かしい関係性を望んでいる。
「それにしても、あたしも早く素敵な恋人が欲しくなっちゃったなぁ」
キャロラインはその可愛らしい顔立ちに、ニヤリと欲望に塗れた笑顔を浮かべて言った。
「でも、エンディングを迎えるために必要なレイラと次男があれじゃ、ストーリーが狂っちゃうよね…」
暫し考える素振りを見せてから、何か思い付いたように自身の両手を軽く叩いた。
「とにかく、悪役令嬢を追い出せばいいんだから、やりようはいくらでもあるか!」
いくらなんでも自分の恋路に前世の大好きな友人を利用したくはない。キャロラインは機嫌よく鼻歌混じりにその場から帰路に着く。
「…それにしても、レイちゃんもこの世界に来ていたなんて、どういうこと?」
自分が死んだ時、現れた神様に確かに言われたのだ「アイカ、君は選ばれた」と。ではレイラも選ばれし者なのだろうか?
「ま、どうでもいいか。ヒロインは私だし。…くふふ、前世では何もかも完璧で美しい嶺羅様だったのに、今では私に劣る存在になっちゃって…」
はっきり言って、レイラよりキャロラインの方が美人だ。家格の違いはあれど、レオンハーツ王子と結婚すれば、いずれ、キャロラインはこの国で二番目に高貴な女性となれるのだ。
「そうと決まれば、あたしもストーリー攻略頑張らなくちゃ」
同じ転生者だとしても、自分はレイラも知らない公式情報を知っているのだ、メインキャラであれ、モブキャラであれ、当人よりもよく知っている。それこそ、心の柔らかくて弱い部分だって…。
「レイラと次男の穴を埋めるために、修正しなくちゃだね。ああ、忙しいなぁ、大変たいへん!」
キャロラインは言葉とは裏腹に笑顔で元気よく「ようし、頑張るぞう!」と声をあげた。
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