間話 悪役令嬢の試練

1/2

311人が本棚に入れています
本棚に追加
/89ページ

間話 悪役令嬢の試練

 最近、私の周りがおかしい。身に覚えのない罪で噂されることが多くなった。それに対抗するように、ユリアン嬢が動くと、状況は更に悪化した。 「オリヴィア、いい加減にしてくれ」 「…え?」  珍しくレオンハーツ王子からお茶会の誘いを受けて喜んでいたら、その席には何故かキャロライン・ハーパーの姿もあり、来て早々に王子からそのような言葉をかけられた。  まるで害虫を見るかのような王子の冷たい視線に、胸の奥にヒヤリとしたものを感じる。 「キャロラインから全て聞いた。お前は、彼女に酷い虐めを行っているらしいな?」 「は、はい? 虐め、ですか? この私が…?」  気高いモーガン公爵家の者として、そのような卑劣な行いは絶対にしていないと誓える。戸惑う私に対してレオンハーツ王子は、はぁ、と息を吐き「潔く認めもしないのか…」と呆れられた言葉を吐かれた。 「レオン様、あたし、例えオリヴィア様に嫌われていても仕方ないと思います…今までされた仕打ちも、黙って耐えます…」  綺麗な涙を流して肩を震わせるキャロライン嬢。庇護欲を掻き立てるその姿に、私は眉を顰める。婚約者のいる殿方と進んで親密になる彼女に嫌悪感を抱くのは当然だし、身に覚えのないことであるがその『仕打ち』とやらを結局レオンハーツ王子に言い付けたのはどこの誰なのだと思った。 「キャロル…」  いつの間にか、お互いを愛称で呼び合うほどまでに関係性を進めていた二人に、私は眩暈がした。 「でも、でも…!」  まるで悪役に立ち向かう健気な主人公のように、キャロライン嬢は私に真っ直ぐな視線を向けるとはっきりと物申した。 「私の大切な、お母様の形見のブローチを盗むなんて、酷いです。良心を持つ者ならば、そんな卑劣なことは出来るはずもありません!」  やはり、全く身に覚えが無かった。 「ブローチを盗んだと? モーガン公爵家の者である、この私が…?」  彼女のあまりの言動に、私の頭は怒りで熱くなる。私を卑劣な人間に仕立て上げるだけでは満足せず、あまつさえ、この私を盗人扱いをすると言うのか…? 「モーガン公爵家に、盗人がいると、そう仰りたいのですか?」  それは、私だけでなくモーガン公爵家をも貶める行為。私の鋭い視線を受けて、キャロライン嬢は「きゃっ、こわい…」と可愛らしく悲鳴をあげて、レオンハーツ王子にしなだれかかっていた。王子は嬉しそうな表情で彼女を受け入れる。  なんだ、これは。なんの茶番なのだ。 「身に覚えがあるだろう?」  呆然としていると、レオンハーツ王子がテーブルにころんと何かを転がした。ブローチだ、それも薄汚れた。 「これが、お前の鞄から出て来た」 「なっ…? 私の鞄を勝手に漁ったのですか?」  私の咎める口調に、王子は苛立たしげな視線を向けてくる。 「そんなことはどうでもいい! このブローチがお前の鞄から出て来た、それが事実だ!」  鞄の中になど、隠そうと思えば誰でも隠せる。ただ、授業の教科書と筆記用具を入れただけの鞄は、ロッカーにしまうこともせずに机の横にかけているだけなのだから。 「本当に、本気で、私がそれを盗んだと仰るのですか?」  確かに、親密な関係を築いてきたとは言えない。けれど、生まれた時から顔を合わせて長い時間を共に過ごしてきたのだ。レオンハーツ王子は、本当に私がそのような行いをする人間だと思っているのだろうか?  他に恋人を作られるよりも、そちらの方が私の心を痛める。 「お前は…私の今までの恋人たちを破滅に追いやってきた卑劣な女だからな」  王子の回答に、私は全身の力が抜けるようだった。  それは、全てユリアン嬢がしたことで…いいえ、そもそも、王族の身でありながら貴方が他の令嬢と無責任に肌を重ねていたからでしょう?  指と、肩と、唇が震える。涙が出そうだ。でも、この男の前で泣きたくない。  私だって、好きでレオンハーツ王子の婚約者でいたいわけではない。  私だって、自由に恋愛したい。  私だって、本当は、あの方と……っ、助けて、ください。どうか私をここから逃してください、——エイデン様——。  もう、初めて言葉を交わしたあの日が遠い日のことのようだ。
/89ページ

最初のコメントを投稿しよう!

311人が本棚に入れています
本棚に追加