伍 魔塔商会

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伍 魔塔商会

 学園にはいくつもの部活動が存在した。エイデンは剣術部に所属しており、リュカは薬草学部の顧問を受け持っている。しかし、ザカライアはどこの部活動にも所属しておらず、放課後の時間は私か、魔法の自主訓練に全てを当てていた。  ザカライアは当初、生徒会に誘われていたのだが、折り合いの悪いレオンハーツが生徒会に入ったことで、その話はいつの間にか無いことになっていたと言う。  私もいくつか興味の唆る部活動を見つけたが、入部は断念する。何故なら、商会を作ると決めてから、私の私生活はとても忙しい。起業してこの二ヶ月、手続きやらスケジュール調整、書類作成など、全てを一人でこなしていた。ちなみに、先日行われた学力テストは学年一位である、そこに抜かりはない。  本日も、最後の授業を終えて早々に帰り支度を整えた。 「レイちゃん、頑張る貴女は素敵ですが、そのように根を詰められていては、お体を壊されないか心配です」 「シアちゃん…」  席を立ったところで、心配そうな顔をしたグレイシアがやって来た。彼女の心配する気持ちも分かる、最近の私は目の下に薄らと隈が出来ており、疲労感からかご自慢の黒髪にも艶が無くなってきている。はっきり言って、貴族令嬢としての私は落第点であろう。  しかし、今は休む訳には行かず、自分自身にも、もう少しすれば落ち着くから、と、言い聞かせては体に鞭を打っている状態だ。 「ありがとう、でも、今休む訳にはいかなくて……今夜、少しでも早く眠れるように努力するわ」 「はい…そ、そうだ、今、薬草学部と魔法薬部の共同で、疲労回復薬を作成しているのです! 出来上がったら、必ずレイちゃんにお渡ししますねっ」  グレイシアはリュカが顧問を請け負っている薬草学部に入部していた。一人でも顔を知った人がいるだけで安心出来るから、という理由で入部を決めたらしいが、見ている側からすれば、とても楽しそうに部活動に励んでいるように見える。  グレイシアの心温まる気遣いに、私は「楽しみにしてる」と微笑んで、そのままグレイシアと別れて教室を後にした。  そんな私たちのやり取りを聞いていたのか、怪訝な顔をしたバルファルトがこちらをじっと見つめていることに、私は全く気が付かなかった。  ✳︎  父が王都に買ったタウンハウスはそこまで大きな屋敷ではない。しかし、地下二層といった他にはない坪数の地下室があったので、その屋敷の購入を決めた。  学園の馬車乗り場で待ち合わせをしていたザカライアやガブリエルと、侯爵家の馬車に乗り込み我が家へと向かう。  ここ最近はいつもこの顔ぶれで帰宅している。相変わらず、恨めしそうな視線を女子生徒たちに向けられているが、相手にする気力も時間も無かったので、気付かない振りをしている。  ザカライアとガブリエルには、地下二階で魔道具の製作と開発をお願いしている。私の書き綴った提案書を元に、二人はああでもない、こうでもないと案を出し合いながら試行錯誤して、つい先日、魔道具『冷風器』を遂に完成させた。とても充実した達成感に満たされた表情を浮かべる二人が、少し羨ましい。  とはいえ、完成した冷風器は大人の男性二人がかりでなければ運び出せない程に重くて大きい。それに首振り機能も備わっていない。…私は、首振り機能は必須だと考えているのだ。だから二人には、引き続き冷風器の改良に努めて貰いつつ、新しい魔道具製作に取り掛かって貰っていた。  私からすれば、まだまだ未完成品な冷風器とはいえ、それを市場に流した時の反響は凄いものであった。顧客対応に追われて、情け無いが父に助けて貰いながらなんとか順次対応しているのが現状だ。 「レイラお嬢様、お客様がお待ちです!」  自宅に着くと、少し慌てた様子のメイドがやって来た。普段、落ち着きのある彼女には珍しく、来訪客の予定は無かったと首を傾げる私は、眉を顰めつつメイドの案内で応接室へと向かう。流れでザカライアとガブリエルもついて来た。  メイドが扉を開くと、母の楽しげな声が聞こえてきた。 「あら、レイちゃん。お帰りなさい」  部屋に入った私に気が付いた母が、笑顔で出迎える。そこには、ティータイムを楽しむ様子の母と、対面席に腰掛けている二人の中年男性がいた。男性の方は、二人とも身なりが小汚く、あまり関心がないのか地味な色合いでコーディネートされた装いをしている。 「ただいま帰宅いたしました、お母様」  私は母に答えた後、きっとこの方達がお客様ね、と、二人の中年男性に向けて、丁寧にカーテシーをしてお辞儀をする。 「お待たせ致しました。私が、レイラ・シュテルンベルクと申します。本日は、どのようなご用件でしょうか?」  私の挨拶に、二人は何やら目を輝かせて「ほっほう!」と愉快そうな声を出す。 「お主がレイラか! 儂は、そこのガブリエルとザカライアの師匠、ジュディスと言う」 「えっ?」  私は思わず声をもらす。 「最近、ガブリエルもザカライアも儂の相手をしてくれなくてなぁ、何やら面白そうなことを二人だけで楽しんでおるから、儂も混ぜて欲しくてお主を待っておったのじゃ!」  魔道具で魔術師が釣れたら…と、考えてはいたが、初手でこんな大物が釣れるとは。ザカライア達の師匠と言えば、『魔術の叡智』と称される最高の魔術師だ。
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