伍 魔塔商会

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「そんな…もちろんです!」  私は喜びのあまり、声が僅かに震えていた。そして次に、ジュディスの隣に座る中年男性に目を向ける。魔術師にしては体格が良く筋肉質ではあるが、身なり的にこの男性も魔術師なのだろう。 「俺はたまたまこの国に流れテきていた流浪の魔術師の、ユージンと言う! そろそロ、国を出ようかト考えていたところ、あんたが販売した『冷風器』ガ面白くて、思わずここまデ来てしまったんだ」  ユージンと名乗った男性は、南国風な出立ちで、近隣では見かけない顔立ちの魔術師だった。発音も、所々がたどたどしく、遠い国の出身者なのだと伺える。 「冷風器は何故、冷たい風しか出さないんダ? 温かな風も出るようになれば、夏モ冬も使えてお得じゃないか! ソウ思ったら、いても立っても居られなくなっタんだ!」  なんと、ユージンは私がゆくゆくは提案書で出そうと思っていた『冷暖房』の概念を持ち合わせていた。こういったアイデアは、閃めき、これに尽きる。つまりは才能だ。ただ、知識チートしているだけの私と比べて、ユージンには閃めきの才能があるのだろう。こういう人材は、商会に必須な人材なのだ。 「お、お主……天才か!?」  ジュディスが顎が外れそうな程に大口を開いて、私の隣に居たザカライアとガブリエルは、普段から発している輝きの何十倍にも増した輝きを目に、ユージンを見ている。  次に製作するのは、『冷暖房』ね。けれど『冷風器』を発売したばかりだから、敢えて数年の時期を開けた方が、『冷風器』の売上げが見込めるな…と、頭の中でついつい皮算用に没頭していたら、「ふふふ」と楽しそうに笑う母に気が付いた。 「ジュディスとユージンのお話しが楽しくて、ついつい話し込んでしまったわ」 「お母様、お客様のおもてなしを有難う御座いました」  母は「レイちゃんの為だもの、まかせて」と、ウインクしてみせる。やはり、本家のウインクは一味違うな、と、可愛らしい母を見て思った。 「レイちゃん、師匠とユージン様を地下に案内してもいいかな?」  早く製作過程に取り掛かりたそうにしているザカライアが、目を輝かせている。 「お二人が良ければ、勿論よ」  私はそう答えて、ジュディスとユージンに顔を向ける。 「本日は職場見学、という形を取らせて頂きます。お二人が、我が商会に興味をお持ち頂けるならば、その時は本契約致しましょう。商会の社員として、ぜひ雇用させて下さい」 「雇用…っテことは、給料が支払われるのカ? そして、俺は縛られルのか?」 「そうです」  ユージンが何やら考え込んでいる。彼に光るものを感じている私は、どうしても逃したくなくて、少しだけ商会の目指す未来を話すことにした。 「今はまだ魔道具の製作販売商会ですが、いずれ他部門も作り大きくしていきたいと考えています。それこそ、新魔術や新魔法薬の開発、魔法武具の製作、など…世界中の魔術師たちの知識が集まる商会にしたいと考えて、私はこの商会を『魔塔商会』と名付けました」  ユージンは大きく息を呑むと、席から立ち上がり私の前にやって来て、スッと私に握手を求めてきた。 「ユージン・ジニスオスライジスだ。ぜひ、俺を雇ってクれ!」  座っていると気付かなかったが、大男だったユージンを見上げながら、婚約者のいる身、男性と素肌を合わせるのは…と、考えていたら、ザカライアがニコリと笑って頷いた。「君は今、魔塔商会長のレイラだよ」と小声で言って。  私はユージンと握手した。魔塔商会は、きっとこれからもっと、大きくなれる。いや、してみせる。  ユージンの衣服から、何やらパラリとこぼれ落ちるものを見た。ん? と気になり目を凝らすと、カーペットの上に落ちたそれは、枯れた草だ。 「何故、草が…?」  私が首を傾げていると、ユージンは「昨日まデ野宿の連続だっタからなぁ」と、がははと豪快に笑って頭を掻く。その掻いた頭から、フケのようなものが落ちるのを見た。  私は早足に彼らが座っていたソファーに向かうと、ジュディスを立たせて座椅子部分を確認する。  土の塊が所々に落ちている。犯人はジュディスで、どうやら土魔法で遊んでいたから、身体中、泥塗れなのだと言う。 「汚い! そして臭い! 地下に行く前に、お二人ともお風呂に入って身を清めてください! 商会長としての命令です、これからは多少なりとも身なりに気を使ってください!」  これからは自由気ままに、とはいかないのだ。 「お二人に教えてあげます! どんなにいい物を作っても、消費者は乞食のような人が作ったものを購入しません!」  物を売るのだから、人との関わり合いは必須。最低限のマナーは守って貰う。 「乞食て…ザカライアの婚約者は、はっきりものを言うのぅ」 「え、俺、そんなに臭いカ? 風呂に入っテ、まだ四日しか経ってイないんだが…」  流浪の魔術師、おそるべし!
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