伍 魔塔商会

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 ✳︎ 「レイラお嬢様、お客様がお見えです」  仕事部屋として与えて貰った執務室で、書類整理を行っていると、再びメイドから知らせを受けた。  風呂に入り身を清めたジュディスとユージンは、今、ザカライアたちと地下室だ。また、新たな魔術師の訪問だろうか? 「…とりあえず、まずはお風呂に…」  来客を迎えてまずお風呂に通すなど、前代未聞のもてなし方だが仕方ないと思う。  真剣な顔で呟く私に、メイドは楽しそうにクスリと笑って「その必要は無さそうですよ」と言った。 「レイラお嬢様のご学友、バルファルト・ヘルマン様がお訪ねです。お会いになりますか?」 「…ヘルマン子息が?」  私は意外な来訪客に目を丸くするも、残りの仕事の量的にあまり時間は割けないので、申し訳ないが執務室にバルファルトを通して貰うようお願いした。級友なので、無下に帰したくはなかった。  顧客リストなど、見られてはいけない書類は片付けて引き出しに仕舞う。メイドにお茶の準備の指示を出し、彼を待っていると、程なくしてバルファルトが執務室にやって来た。 「ごめんなさい、せっかく訪ねて頂いたのに、このような場所で」 「いや、いいんだ。それよりも会ってくれて有難う」  バルファルトはにこやかな笑顔を浮かべて、私に促された席に腰を下ろす。私とバルファルトが対面すると、タイミングを見計らっていたメイドがティーワゴンを引いて部屋に入ってきた。 「今日はどのようなご用件で?」  時間も無いので、不躾ではあるが本題に入らせて貰う。 「う、ん…もしかしたら、貴女には必要ないのかもしれないけれど…」  何やら歯切れの悪い返答で、彼にしては珍しく遠慮がちにノートを差し出してきたので、私はそれを受け取った。  配膳の終えたメイドが室内から退室したので、私はぱらりとノートを開く。そこには、国内、そして近隣諸国の魔石発掘鉱山を所有する貴族名簿が記載されていた。  それだけではなく、どのような種類の魔石が発掘されて、年間の発掘量、市場での価格設定など、さらに踏み込んで、その貴族自身の特徴や性格など、それに付随する細かな情報が丁寧に書き込まれていた。 「これは…」 「レイラ嬢は、魔道具の商会を立ち上げたんだよね。魔道具には魔石が必須。今後、商会の出資者を募る時にでも合わせて、役に立てるような情報を提供したかったんだ」  私は感激のあまり、声が出なかった。もちろん、魔石市場の調査は既にしており、あとは書類に纏めるだけであったが、それを先回りしてこのような素晴らしい書類を作成したバルファルトの能力に感嘆した。  更には、最近までシュテルンベルク侯爵領に引きこもっていた私には知り得ない、貴族の特徴や性格などの情報はこの上なく、有難かった。王都貴族であるバルファルトならではの観点は、私にはないものだったのだ。 「…余計なこと、したかな…?」  何も言わない私に不安を覚えたバルファルトが、窺うように私を見る。私はノートから顔を上げて、少しばかり身を乗り出しながら言った。 「いいえ、とんでもない! こんな素晴らしいもの、頂いてもいいのかしら!? 本当に有難う御座います!」  私の目が輝いていたのだろう、バルファルトは安心したように笑う。当たり前だ、バルファルトのこのノートで、私の仕事の何割かが終えたのだから。 「…ところで、バルファルト様。何故、このようなものを下さったのですか? 中身を見る限り、一日二日で出来上がる完成度ではありませんよ?」  数日はかけて、書き上げたものと思われる。 「バルトでいいよ、同じ教室の級友なのだし」  バルファルトは笑ってそう言うので、私も笑顔で「私のことも、レイとお呼び下さい」と答える。 「レイ、が…新しい商会を立ち上げたと聞いて、日に日にやつれていく貴女を見て、僕も何か力になりたいと思ったんだ」 「まあ…」  何というお人好しなのだ。ただの級友の様子にも、目を配らせるとは。クラス委員長の鑑である。  私が感心していると、バルファルトが何やら頬を赤らめてもじもじし出した。どうしたのだろうと紅茶を啜りながら眺めていると、彼は意を決した様子で口を開く。 「僕に、手伝えることはないかい?」  私は驚いた。まさか、このような申し出があるとは思わず、素直に尋ねる。 「どうして、そのような事を仰って下さるのですか?」 「どうして、だろう…?」  バルファルトは私を見つめながらも、遠くを見ているようだった。 「貴女のことを考えると、何故だか落ち着かなくて、胸がドキドキして……もしかして、これって、僕は、貴女の事がす——」 「きっと、未知なる経験に歓喜しているからだよ」  突然、執務室の扉が大きく開かれて現れたザカライアが、バルファルトの言葉を遮った。見ると、ザカライアは呼吸を乱しており、ここまで走ってやって来たことが窺える。何を慌ててやって来たのかしら?
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