弍 転生しました

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  ✳︎  四歳ともなると、滑舌は良くなりハキハキと話せるようになった。 「お父さま、新しい本を買ってください」 「もうこの間買ってあげた本を読み終わったのかい?」 「はい、数時間で読み終えました」 「す、数時間……」  父は困ったように笑って、執務室に本のおねだりに来ていた私を優しく抱き上げる。 「…少し早いが、レイには早めに家庭教師をつけてもいいかもしれないな」  家庭教師。私は父の言葉に目を輝かせた。この世界の貴族子女たちは八歳から十四歳までの期間に家庭教師からマナー、礼儀作法、学問の基礎的な教養を身につけて、十五歳から十八歳までの期間に国内にあるいくつかの学園に通い、より深く教養を深めていく。ちなみに『ワタプリ』の舞台となっていたのは、私が未来、十五歳から十八歳の四年間通うこととなる王都の学園である。 「お父さま、保留にしていた四歳のお誕生日プレゼントは『家庭教師』がいいです」  父のエメラルドの瞳をジッと見つめながらプレゼントの希望を言うと、父は少し驚いた表情をした後、感動極まるといった様子で私の頬に何度もキスの雨を降らせた。 「なんてっ、素晴らしい、娘なんだっ! 自分の、才能に、驕ることなくっ、学ぶ姿勢を、見せるだなんてっ!」  まるで合いの手のように言葉の合間にチュッと何度も父に啄まれるたび、私の柔らかな頬がぷるりと揺れる。父は止まることなく私にキスを落としてくるので、私は小さく息を吐いてから、父のキスにストップをかけた。 「お父さま。途中から、キスをしたいだけですね?」 「ははは、バレてしまったか」  父は愛おしいという顔で私に微笑みかけてくる。私を抱き上げたまま父が執務席に腰を下ろしたので、机に広げられていた書類の束が目に入った。 「お父さま、あの書類はなんですか?」 「領地についての報告書だよ。シュテルンベルク領がどれくらいの利益を出してどれだけの出費があったのか、とか、領民たちからの嘆願書や、他にも事故や事件に関するものが…レイにはまだ少し早いかもしれないね」  ふぅん、と相槌を打ちながら、父が何気なく手に取った報告書の一頁を一緒になって覗き込む。そこには、シュテルンベルク領地にある村の農業生産について書かれていた。 「お父さま、私、新しい本の代わりに領地報告書を読みたいです」 「えぇっ、面白いものでもないしまだ難しいのではないかな? 新しい物語の本を明日買ってあげるから…」  父は宥めるように私の頭を撫でながら言うが、私は首を横に振った。 「わからないところはお父さまにお尋ねします」 「レイラ、私も出来る限りレイと遊んであげたいが、仕事があるからね」 「家庭教師が来るまで、お父さまが私の先生です」 「だったら家庭教師は雇わずに……って、何を心揺れているんだ私は。だめだよ、レイ」 「お父さまがレイの初めての先生になってくれたら、嬉しいな」 「よし! 私に何でも聞きたまえ!」   ✳︎ 「レイちゃん。お勉強は休憩して、先生も一緒にママとパパとお茶しましょう?」  マナー、礼儀作法教育担当である家庭教師のウェザリー夫人の授業がひと段落した頃に、タイミングを見計らっていたであろう母がやって来てお茶に誘ってきた。 「申し訳ございません、お母様。私とウェザリー夫人はこれから向かうところがございます」 「向かうところ?」  キョトンと首を傾げる母に、ウェザリー夫人が「平民が通う学校です」と耳打ちする。 「なぜレイちゃんが?」  目を丸くする母に、再びウェザリー夫人が「私に教わったマナーを学んで終わるのではなく、人に教えられるようになってこそ、身についたと言える…と、仰られて」と耳打ちした。 「まあ! レイちゃん凄いわ!」 「はい、何という素晴らしい学ぶ姿勢なのでしょう! 五歳の女の子のお言葉とは思えません! レイラ嬢のような生徒は今までおりませんでした! 教師冥利に尽きるとはまさにこのことです!」  母とウェザリー夫人は感動した様子を見せて、私を褒めた。私の勉強スタイルは前世から変わっていない、インプットしたものはアウトプット出来て初めて理解出来たと認識するようにしている。前世ではよく友人たちに勉強会を開いたものだ。今世ではマシューやゲイルを始めとした領民の子供たちが友人たちの代わりとなってくれている。  前世で学んだマナーや礼儀作法、芸術、算術は今世でも非常に役立っている。歴史や政治などは学び直す必要があるが、知らない知識を学ぶことは楽しいので別にいい。問題は、前世には空想上の概念でしかなかった魔法についても、この世界では学ぶべき学問として存在していることだ。  魔術。理論は正確に頭に入っているのだが、実技となるとどうも感じが掴めない。魔法の実技については学園に入学すればしっかりと学べるのだから、焦る必要は無いのかもしれないが、もどかしさを感じてしまう。  魔術学問の家庭教師からも、今は座学を中心に、教えてくれてもマナコントロールのみと制限されている。悔しいがマナコントロールでさえ苦労している私では、実技はまだまだ先の課程なのかもしれないが…。  とはいえ、先々のことばかりに目を向けて、目の前のことを疎かにするなど愚かなことである。私は気を改めて、今与えられている課題と向き合うことにした。ひとつひとつ、確実に進んでいこう。蝶ヶ崎 嶺羅もこうして周りの期待に応えてきたのだから。
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