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陸 決別のサマー・パーティー
ガチャン、と大きな音が立ち、私を含めた招待客たちは音がした方へと注目した。
夏、日差しが強くなりつつある季節、レオンハーツ王子発案で学園の生徒を招待し、大きな湖の側で盛大なサマー・ティーパーティーが開かれた。
皆が身に包むカラードレスは、夏だからか明るい色合いが多く緑豊かな会場に映えて、そのおかげでパーティーは色とりどりで素敵な雰囲気になっていた。
レオンハーツは、考えの足りないスカスカの『わら頭』かと思っていたが、やはり王族だからか、パーティーのセンスが光っている。
あれから幾度となくレオンハーツと顔を合わせる機会があったが、何度断ろうと誘ってきて、その度にザカライアに牽制されていた。その繰り返しを飽きもせずに続けるので、私はもはや相手にする気力もなく、レオンハーツに対して呆れ果てていた。
大きな湖の側はとても涼しく過ごしやすい。ザカライアやグレイシアと楽しく談笑していたら、その事件は起こった。
「オリヴィア、お前には本当に失望させられる!」
レオンハーツの怒りがこもった声が聞こえてきた。
見れば、レオンハーツに庇われるように肩を抱かれて涙を流すキャロラインと、王子に突き飛ばされたのか地面にうずくまる一人の令嬢の姿があった。
あの令嬢は…ワインレッドの落ち着いた色合いの赤い髪に、深緑色の少し目尻の吊った大きな瞳。正統派な美人であり、『ワタプリ』の悪役令嬢、オリヴィア・モーガン公爵令嬢だった。
「レオンハーツ様、誤解です。私はそこのご令嬢に指ひとつ触れてもおりません!」
悲痛の叫びで訴えるオリヴィアに目もくれず、レオンハーツはキャロラインを気遣わしげに見つめて声をかけていた。
キャロラインを見れば、彼女によく似合う淡い水色のカラードレスに、大きな茶色い染みがあることに気付く。なるほど、レオンハーツは、キャロラインがオリヴィアにお茶をかけられたと思い、憤っているのね。
しかし、レオンハーツの対応はいかがなものか。婚約者がある身でありながら、キャロラインを恋人かのように扱っていると、私も流れた噂で知っていた。けれど、仮にも婚約者なのだから、オリヴィアの言葉にも耳を傾けるべきだ。
ただでさえ、最近のオリヴィアの評判は良くない。キャロラインに対して激しい虐めを行っていると聞いた。私もキャロラインの身を案じて二人で話す機会がある時にそれとなく尋ねてみていたが、キャロラインはけろっとした様子で、特に傷付いている様子もないし、と、気にしないようにしていた。
だが、レオンハーツとオリヴィアの尋常でない様子を見るに、これは只事ではない気がする。
そんな事を考えていると、レオンハーツは手に持っていたティーカップを傾けて、湯気の立つ紅茶をオリヴィアの頭から被せようとしたのだ。勿論、見物者からはどよめきの声が上がる。
「待って、レイちゃん!」
ザカライアの声を聞き流し、私は考える前に足を動かして王子たちの元へと早足で向かった。
バシャ、と水音が跳ねる音。
「…なんだ? 突然前に出てきて」
レオンハーツ王子の不機嫌な声。私が到着する前に、エイデンがオリヴィアを庇うようにそこに立っていた。エイデンの腿あたりに茶色い大きな染みが出来ている。オリヴィアを守ったのだ。
「やりすぎでは?」
エイデンの問い掛けに、憤慨しながらレオンハーツは答える。
「キャロルのこのドレスを見ろ! やりすぎなことあるか!」
エイデンは鋭い視線をキャロラインのドレスの染みへと向けた。その間に、青い顔をしたユリアンがオリヴィアの元へと駆け付けて、彼女の震える肩を抱きしめていた。
「…あのなぁ…」
エイデンは大きく息を吐くと、地の底から響くような低い声でレオンハーツに言った。
「オリヴィア嬢は、そこのご令嬢へ紅茶をかけてなんていない。すれ違いざまに、令嬢が冷えた紅茶を自ら被っただけだ」
「エイデン、口の利き方に気をつけろ! キャロルがそのようなことをする筈ないだろう!」
ギロリとエイデンが王子を睨み付けると、レオンハーツの勢いは尻すぼみとなった。
「いや、俺が見てた。証人だ」
「…はあ? 何を訳の分からないことを…」
「俺はずっと、オリヴィア嬢を目で追っていたからな」
その瞬間、違う意味で周りが騒ついた。…知らなかった、エイデンは、オリヴィアのことを…。
「まさかお前、こんな堅物女が好きなのか?」
レオンハーツは馬鹿にしたような笑みを浮かべて、蹲っているオリヴィアに目を向けた。
「オリヴィア、お前は…俺には肌ひとつ触れさせようとしなかったくせに、他の男には色目を使っていたのか?」
あんまりだ。途端に、オリヴィアの顔が羞恥心から赤く染まる。私は我慢出来なくなって、「王子殿下!」と声をあげた。
「生徒たちの面前ですよ。ご自身の婚約者様を辱めるような発言はお控えください!」
急に現れた私に、王子もキャロラインも驚いたようだ。キャロラインなんかは、私を味方だと思っていたのか、まるで裏切り者を見るかのような目で私を見てくる。
「これはこれは、レイラ嬢…」
ニンマリと笑みを浮かべるレオンハーツの粘着質な視線が私に向けられる。同じ性的な目を向けられるとしても、ザカライアとは天と地…よりももっと深い差だ。こんなに身の毛のよだつことなんて、そうそうにないだろう。
「何を憤慨している? 怒る令嬢の顔も可愛いな」
この男、馬鹿なのか? この状況で何故他の女を口説ける? キャロラインも驚いた表情で王子と私を交互に見た後、はっきりとした敵意の目で私を見た。
「…ふざけている場合ではありません。この状況を、どう収拾付けるおつもりですか?」
王子が自分の行いを恥じて、責任感を持って対応してくれればそれでいいと思った発言だった。
レオンハーツは何故か声高らかに笑って、オリヴィアを指差すと自信満々に大きな声で宣言した。
「オリヴィア・モーガン公爵令嬢! この私、レオンハーツはお前との婚約を破棄し、隣にいるキャロライン・ハーパーと婚約する!」
これを以て、この場を収拾するとでも言いたげな王子の笑みと、その横で隠れて笑うキャロラインの姿に、私は驚きのあまり言葉を失った。
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