陸 決別のサマー・パーティー

2/4

311人が本棚に入れています
本棚に追加
/89ページ
  ✳︎ 「大体お前は、本当に融通の利かない女だった。美しいのは認めてやるが、何の面白味も感じない、極めてつまらん女だった。未来の妻? 王妃? 未来の王たるこの私が望むものを与えもしないで、何を調子に乗っていたのやら」  レオンハーツの言葉に、俯いていたオリヴィアがゆっくりと顔を上げた。その目には涙が浮かんでいて、今にもこぼれそうである。 「…私は、王子の望み通り、この体を差し出せば良かったのですか…?」  観客と化していた周りの招待客たちがオリヴィアの言葉にどよめいていた。未来の王妃たるもの、純潔の身で王家へ嫁がなくてはならない。それはどの貴族、むしろ平民ですら知っている常識なのに、この馬鹿王子は自らそれを破ろうとしたと言うのか。  自分の分が悪いと感じたのか、レオンハーツはオリヴィアの問いには答えず、彼女を忌々しげに見下ろした。 「私は、」  オリヴィアが言葉を続ける。 「私は、貴方にとって、それほどまでに無価値なのでしょうか…?」  エイデンがオリヴィアを振り返っていた。その表情は、エイデンの方が傷付いたような表情で。オリヴィアは無感情な表情を浮かべながらも遂に涙をぼろぼろと零して、王子の言葉を待つ。 「…ああ、私にとって、お前は無価値だ」  相手を傷付けるためだけの言葉を、この王子は軽く笑って答える。 「お前のどこに、好感が持てる? 皆も知っているだろう? この女は、嫉妬に駆られて私に近付く女たちを破滅させてきた恐ろしい女だぞ! キャロルに対してもそうだ、行き過ぎた忠告、陰湿な虐め、このような非道な行いをする冷たい血の通った女が未来の王妃などと、認められるか!?」  話を振られて、大半の者は戸惑っていたが、一部の者たちが「認められない!」と声をあげる。否定する者がいなかったので、それは次第に、その他大勢の総意となって大きくなっていった。  オリヴィアは自身に向けられた批判の声を受けながら、ゆっくりと立ち上がる。 「オリヴィア嬢、こんな声、気にする必要などない。君は努力家で、気高くて、誰よりも王妃に相応しい女性だ」  エイデンが一生懸命に伝える言葉も、生徒の声に掻き消されていく…。 「エイデン様、ありがとうございます」  そんな中で、オリヴィアが綺麗に微笑んだ。傷だらけな心を隠して、穏やかに微笑んでみせるオリヴィアのその姿は、モーガン公爵令嬢としての、プライドなのだと思う。 「でも、王子の言う通りなんです。レオンハーツ様に捨てられた私は、本当に、無価値なんです」  そう言って、どこからか取り出したガラスの小瓶を一気に煽ったオリヴィア。  何を飲み込んだのか分からないが、キャロラインがとても嬉しそうにその光景を見ていた。 「最期に、貴方に見つめて貰えて嬉しい——」  オリヴィアはゆっくりと笑って、エイデンに触れようとしたのか手を伸ばした。咄嗟にエイデンも手を伸ばすが、二人が触れ合うことは叶わず、オリヴィアの空振った手は弧を描いて後ろへとそのまま倒れていった。   ✳︎  何が起こったのか、理解出来ない私たちは一様に口を閉じて倒れたオリヴィアを傍観していた。そんな中、エイデンだけが慌てたように叫ぶ。 「誰か! 医者を呼んでくれ!」  ザカライアがすぐにエイデンの元へと駆け付けた。 「エル! はやく来て!」  駆け付けたザカライアも焦ったような表情で、兄弟子であるガブリエルを呼び付けていた。 「どうしたの!?」  只事ではない雰囲気に、私も慌てて彼らの元へと向かうと、ザカライアが振り返る。その紫の瞳は焦りと戸惑いで揺れていた。 「オリヴィア様が…」  険しい表情のザカライア。 「服毒した」 「え…?」  じゃあ、さっき飲んだガラス瓶の液体って、毒、だったの?
/89ページ

最初のコメントを投稿しよう!

311人が本棚に入れています
本棚に追加