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「…わ、私、リュカ先生を呼んで、げ、解毒薬を貰ってきます!」
青い顔をしたグレイシアが叫ぶようにそう言って、どこかへ駆けていく。私たちのやり取りを眺めていた生徒たちが、皆青い顔をしていた。中には悲鳴をあげて倒れる令嬢もいる。
「嘘! 嘘だぁ! オリヴィア様が毒なんてっ…!」
半狂乱にユリアンが叫ぶ。騒ぎを聞きつけたバルファルトがやって来て、暴れ出したユリアンを後ろから羽交い締めするように取り押さえた。
「離せ! レオンハーツ! よくもオリヴィア様を追い詰めたな! 私は絶対に許さない! 許さないからなぁ!」
王族派閥の代表格である貴族の娘、ユリアン伯爵令嬢は、絶対君主と定めるはずのレオンハーツに、涙を流しながら鬼の形相で叫んだ。
未来の王妃ということで、初めはオリヴィアと共に過ごすようになったのかもしれない。けれど、泣き叫ぶ彼女の様子を見て、ユリアンはきっと、オリヴィアを知っていくうちに大好きで、大切になったのだと思う。
絶対的味方であったユリアンに睨まれたレオンハーツは、先程までの勢いは既に無く、青褪めた顔でその場に立ち尽くしていた。
「………毒…? なぜオリヴィアがそんなものを…?」
答えを求めていない疑問を呟きながら、レオンハーツは頭を抱えた。
「オリヴィアは、あの冷血女だぞ? それなのに、なぜ、自殺のような真似を…」
「真似じゃない、したんだよ、自殺を。貴方に追い詰められてね!」
エイデンが怒り心頭の表情でレオンハーツの目の前に立ちはだかると、握った拳を振り上げる。
「エディ!」
それを、ルードヴィークが止めた。
「気持ちは分かるが、王族相手にそれはだめだ」
ルードヴィークの、エイデンの腕を掴む手が震えている。止められながらも、エイデンが拳を振り下ろそうとするので、力を入れているのだ。
ザカライアとガブリエルがオリヴィアに魔法を使い、応急処置を施していた。その隣でユリアンが泣き叫び、レオンハーツが自責の念からか、涙をこぼし始めた。
「私は、オリヴィアに、死んで欲しいとまでは思っていなくて…君が、オリヴィアが、私の気持ちを蔑ろにするからっ…!」
ガブリエルが苛立たしそうに、ユリアンやレオンハーツに目を向けた。
「煩い、気が散るから黙ってくれ!」
埒が開かないと思った私は、暴れるユリアンの頬を軽く、ぺちり、と叩いた。
「貴女が騒いだところで、状況は好転しないのよ」
頬を叩かれたユリアンは放心したように静かになって、その時ちょうど、騒ぎを聞いた教員たちが駆け付けてきた。
「レオンハーツくん、学園長が部屋へ来るようにと…」
レオンハーツは一人の教員が付き添いのもと、この場から静かに立ち去っていった。
グレイシアと共にやって来たリュカが、地面に転がっていたガラスの小瓶を拾い上げて匂いを嗅いだ。
「これは…コゴロシ草だね」
「コゴロシ草?」
植物学の博士号を取得しているだけあって、匂いを嗅いだだけで何の毒薬なのか分かったリュカに感心する。
「…その、あまり知られてはいないけれど、女性が望まない子どもを身籠もってしまった時に使われる、中絶薬の元になる毒草だよ。劇薬だから、医者も滅多に使わないし、使っても僅かな分量を薄めて飲ませるんだ」
オリヴィアが、なぜそのような毒薬を持っていたのか不思議だった。
「けど、原液を、こんな大量に飲んでしまったら…オリヴィア様はもう…」
リュカは悲痛な表情で、その言葉の先を言わなかった。けれど、皆、分かっていた。先の言葉が、望みのない言葉なのだと。
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