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父と母もオリヴィア義姉さんの体の事情は知っていて、『ヴァンヘルシュタイン公爵家の跡継ぎはルカにしてくれ』とエイデン兄さんが言った時には驚いた。
両親はエイデン兄さんに後を継いで欲しいみたいだし、僕も研究で忙しいから跡継ぎなんて考えられないし興味がない。だから、三人でエイデン兄さんを説得した。これが中々に頑固な兄で、かなり手を焼いた。
父はオリヴィア義姉さんと結婚した兄さんを、次期公爵として考えていると言っていた。エイデン兄さんの次は、僕の子供が公爵となるんだろうけど。
「——の時に、レイちゃんとキャロライン伯爵令嬢の二人が話していた内容を聞いてしまって…」
しまった。また考えすぎて意識が飛んでいた、ザカライア兄さんの話を聞いてなかったな。
それよりも、オリヴィア義姉さんの顔が青褪めている。『キャロライン』の名前を聞いてから、オリヴィア義姉さんの手の震えも気になるし、これ以上、話題にするのは辞めておいた方が良さそうだ。
「ザック兄さん」
僕が名前を呼ぶと、兄さんと目が合ったので、チラリとオリヴィア義姉さんを見遣って合図する。ザカライア兄さんははっとして、申し訳無さそうな表情を浮かべたあと、「大した話でもないんだ、レイのところへ行ってくるよ!」と、そそくさとこの場を去って行った。
「大丈夫?」
「あ、こんな見苦しいところを…」
手の震えを止めようとしているのか、オリヴィア義姉さんはもう片方の手で抑えるが、まあ、当たり前だが震えは止まらない。
元婚約者を奪った女だから、トラウマになっているのかな? でも、それにしては酷い怯えようだ…。
どうしたものかと思っていたら、向こうからもう一人の兄がこちらへ走ってやって来る姿を発見した。
「ヴィア!」
「エディ」
あ、オリヴィア義姉さんの震えが止まってる。
「ここにいたのか、ヴィア! 探したぞ」
公爵家騎士団に混じって朝から稽古試合をすると聞いていたけど、もう終わったのかな? エイデン兄さんは、爽やかな汗を流し、逞しい胸元が大きく開いたラフなシャツ姿なので、オリヴィア義姉さんは真っ赤な顔で視線を彷徨わせていた。
まあ、エイデン兄さんの体つきは男の僕でも見惚れるものがあるし、剣術に優れたいい男だしね。ザカライア兄さんもまた違った華やかな色気があって魔術師で…性格は暗いけど…とにかく、僕の兄さんたちは最高に格好良いんだ。自慢でもある。
ま、僕が成長すれば、きっと一番格好良いのは僕だけどね!
「ルカ、ヴィアを借りていいか?」
「どうぞどうぞ」
兄さんの奥さんなのだし。
「ヴィア、俺のトレーニングに付き合ってくれないか?」
「私が? お役に立てるかしら?」
戸惑うオリヴィア義姉さんに、エイデン兄さんはにこやかに微笑んだ。
「貴女は俺の側にいてくれるだけでいいんだ」
「え!」
かぁっと赤くなるオリヴィア義姉さんをよそ目に、まさかエイデン兄さん、アレをしようとしてるんじゃないよね? と、呆れ笑いを浮かべながら思う。
「よっと!」
「きゃっ?」
案の定、エイデン兄さんはオリヴィア義姉さんを横抱きに抱えたのだ。
「へ、え、あれ、なんでっ?」
義姉さんが混乱に陥ってる。
「エディ兄さん、汗かいてたでしょ」
僕が咎めるように言うと、兄さんはやっと気付いたような顔をして「ヴィア、ごめん。汗かいたまま、貴女に触れてしまった」としおらしい表情でオリヴィア義姉さんの顔を覗き込んでいた。…義姉さんは今それどころでは、ないっぽいけど。
「まあ、後で一緒に風呂に入ればいいか!」
「やめてよね、思春期の弟がここにいるんだから」
わはは、と大口あけて笑うエイデン兄さんはとても幸せそうだった。
エイデン兄さんが十歳の頃から、ザカライア兄さんがレイラを横抱きにしてランニングしている姿を見る度に『俺だっていつか、可愛くて優しくて、俺の事が大好きな奥さんを抱いて走るんだぁ!』と羨ましそうに嘆いていたよね。
叶って良かったね、エイデン兄さん。
慌てふためくオリヴィア義姉さんを、嬉しそうに抱いて走るエイデン兄さんの小さくなっていく後ろ姿を眺めながら、僕は平和だなぁ、と笑って、読書を再開した。
✳︎✳︎✳︎
(これにて第ニ章完結です。)
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