神代愛花とキャロライン・ハーパー 序章

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神代愛花とキャロライン・ハーパー 序章

 中学校までのあたしの人生は完璧だった。  議員だった父の娘に生まれたあたしは、誰からもちやほや持て囃されて育ち、何でも思い通りになる人生だった。地方の閉鎖的な町の、とある大地主一族に生まれた可愛らしい女の子、周りの大人たちはあたしのことをとても大切にしてくれた。  父に言われて高校からは、都会の学校へ行くことになった。居心地はいいが、田舎で年寄りばかりでつまらない地元を遂に離れられるのかと、その時は心が躍った。  この時のあたしは、新しい所でも今までのように持て囃されると思っていたのだ。  しかし、その考えはすぐに打ち砕かれる。入学した高校には、誰も敵うわけがない一人の完璧な少女がいたのだ。 「アイちゃん、おはよう」 「…あ、レイちゃん、おはよう」  蝶ヶ崎嶺羅さん、この学校…いや、この国で上位カーストに位置する正真正銘のお嬢様。何の幸運か、あたしはそのお嬢様の仲の良い友人ポジションを手に入れた。あたしが嶺羅と仲良くしていると知った父は、大層喜んでいた。  入学当初は彼女のことをあまり好きではなかったけれど、共に過ごしているうちに彼女の芯の強さを知った。格好良いと、憧れてすらいた。気付けば、大好きになっていた。  あたしが好きになった男の子たちは、皆、嶺羅のことが好きだった。でも、仕方ないよね。  嶺羅は、テレビでよく見かけるアイドルよりも可愛くて、どんな大人たちよりも気品があって、誰もが認める天才で、それなのに鼻にかけることもなく皆平等に優しく接してくれて、生まれた瞬間から全てを与えられた、神様に愛された女の子…あたしなんかが勝てるはずもない。  だから、『主人公』の『友人』でいられる人生に、あたしは満足していた。  嶺羅には婚約者がいた。国内屈指の製薬会社の息子で、当時はあたしたちより歳上の大学生だった。  高級車に乗って、学校まで嶺羅を迎えに来ている姿を何度か目撃したことがある。その婚約者は、誰もが見惚れるほどに格好良くて、まるでモデルのように背も高くスタイルも良い男性だった。  そんな王子様のような男性に、当たり前のように手を引かれエスコートされている嶺羅。とてもお似合いの二人だった、婚約者も嶺羅に心底惚れているような表情で、甘い視線を彼女に向けている。  ——羨ましい。そんなことを思った。  そんなある日、嶺羅が独り言のように呟いていた。 「楽しいこと、ないかな…」  あたしは思わず「えっ」と声をもらしてしまう。だって、彼女がそんなことを言うなんて絶対に許されないと思ってしまったから。嶺羅の人生そのものが楽しいはずなのに…あたしは彼女を理解出来なかった。 「レイちゃん。息抜きに、私たちと一緒にこのゲームしようよ!」  けれどあたしは切り替えて、思い付きで誘ってみる。  最近配信されたアプリゲーム『私だけの王子様』。 「…レイちゃんはこんなゲームしないんじゃない?」  同じグループの友人エミが否定的な目であたしを見てくる。うるさいな、そんな黒い感情を笑顔に隠して、あたしは嶺羅を見つめて言う。 「子供っぽいと思うかな…無理に私たちに合わせなくていいからね!」 「まあまあ、合わなければいつでも辞めればいいんだし、一回やってみようよ!」  もう一人の友人マリナが元気に笑ってその場を取り持つ。結局、あたし達は、皆で一緒にそのアプリゲームをインストールした。  ゲームは面白かった。何より、嶺羅とこんな他愛もない話で盛り上がれることが楽しかった。あとの二人もあたしと同じ気持ちだったようで、あたし達はゲームにどハマりしていた。  そんなある日、四人での帰り道にスマートフォンに通知が来たことに気付く。あたしは何も考えずにその通知を開いた。『ワタプリ』からだった。 『【ワタプリ】の世界へご招待! 受けますか? はい/いいえ』  あたしは反射的に『はい』を押す。  その瞬間、キキィッ、と耳を塞ぎたくなる甲高い音にスマートフォンから顔を上げた。 「アイちゃん、危ない!」  そして、嶺羅から突き飛ばされる。訳が分からずに彼女を見ると、すぐに目が合った。  嶺羅の表情は必死そのもので、あたしは後ろに倒れこんでいて、何故か、その瞬間がとてもゆっくりと過ぎていく感覚だった。あたしがやっと、あの甲高い音は乗用車の急ブレーキから鳴るタイヤと地面の擦れる音だったんだと理解した時、嶺羅が居た場所に乗用車が突っ込んだ。そこは、あたしがさっきまで立っていた場所だった。
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