弍 転生しました

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「お母様、学校から帰ってきたらお茶をしましょう」 「ええ、心待ちにしているわ、レイちゃん」 「ウェザリー夫人のこの後のお時間の予定はいかがですか?」 「レイラ嬢、実はこの後に何も予定はなくどう過ごそうかと悩んでおりましたの」  ウェザリー夫人の快諾に私は思わず頬を綻ばせていた。  私が急いで外出用の衣装に着替えている間、母とウェザリー夫人は何やらお喋りをしていた。 「それにしても…レイラ嬢は素晴らしいご令嬢で侯爵夫人が羨ましいですわ。実はここ最近、流れの商人達の話で広まっていたのですが、シュテルンベルク領地の領民たちは平民なのに品が良いと噂でしたの。レイラ嬢のおかげで領民たちの見識が広がっているのであれば、なるほど、と噂の真相を知ることが出来ましたわ」 「ふふ、私たち夫婦には勿体ないほどの天使のような子です。平民だからと差別せず、領民を愛し、そして領民からも愛されるような子に育ってほしい。…私たち夫婦のささやかな願いですの」 「レイラ嬢ならば、きっと大丈夫でしょう」   ✳︎  六歳になったので、茶会に参加し少しずつ社交を知り見識を深めていくべきだというウェザリー夫人の言葉通り参加した何度目かの茶会で、私は紅茶をかけられた。  せっかく父と母が用意してくれたドレスを台無しにされたことで腹は煮えくり返っていたが、私は努めて冷静に、目の前の意地汚い笑みを浮かべる少年に目を向ける。 「お前、レイラ・シュテルンベルクだろう? 平民たちに威張り散らし従僕させ、まるで手下のように扱うと噂の『女王様令嬢』の」  彼の言う内容に全く身に覚えはないが、私がマシューやゲイルたち平民に学問を教えていることが、捻じ曲がって彼に伝わったということだろうか?  私が考えていると、後ろの方で女性の焦ったような短い悲鳴が聞こえてきた。おそらく、この目の前の少年が私に紅茶をかけた所を目撃したからなのか…すぐに走り去る音もしたので、この茶会の主催者を呼びに行ったのだろう。  私はゆっくりとハンカチを取り出して、茶色く変色してしまったドレスを丁寧に拭う。…まあ、染みが取れる筈もないが、彼の気持ちを逆撫ですることには成功したらしい。 「おい! お前! 俺を無視するな!」  少年の怒鳴り声に、周りにいた子どもたちが怯えた瞳でこちらに目をむけてくる。私はそれでも何も答えなかった。 「俺はサイモン・ルフルスだぞっ!」  ふむ…誰かと思えばルフルス伯爵の御子息なのね。私とは面識も無かった筈だけれど…と、そんなことを考えている間にも、サイモンは怒鳴り続けていた。 「大して影響力もない侯爵とは名ばかりの田舎貴族のくせに! この俺に挨拶にも来ないで、偉そうにしやがって!」  常識的に考えると、侯爵家と伯爵家では家格が上なのは侯爵家だ。けれど、ひとえに伯爵家といっても、公爵家にひけを取らないほどの資産家もいるし、王に重用される政治家もいる。それに彼の言う通り影響力でいえば、家格も重視されるが父のように事業に力を入れ、政治にあまり顔を出さない上位貴族はあまり影響力は無いのであろう。  更に、本日参加している茶会の主催者は、この国に『第二の王都』と呼ばれるほど栄えた都を領地を持ち、莫大な資産家で、王の覚えもめでたく、政治での発言力の高いヴァンヘルシュタイン公爵家である。  ルフルス伯爵家は、ヴァンヘルシュタイン公爵家が所有する港の管理を任されている貴族…なるほど、この目の前の彼が侯爵令嬢である私に大口を叩けるのも、ヴァンヘルシュタイン公爵家という大きな後ろ盾があり、且つ公爵家主催の茶会は自分のテリトリーだとでも思っているからであろう。 「まだ無視をする気か! 本当に生意気で気に食わない女だ! ちょっと可愛いからって調子に乗りやがって! 俺の誘いも無視しやがって!」  近くに大人がいないからなのか、勢いづいたままサイモンが真っ赤な顔でいまだに怒りを露わにしていた。…誘い? もしかして、ついさっき「ダンスしよう」と誘ってきた少年は目の前の彼だったのかしら? 煩わしくて目も向けずに「気分が優れませんので」と断ってしまったから…そのことが気に障ったということ?  私が呆れから、はぁ、と小さな息を吐くと、それを目撃するなり逆上した彼が手を振り上げてきた。
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