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嶺羅が死んで、あたしの世界が色褪せた。友人や周りの大人たちも泣いていて、まるで世界が嶺羅の死を悲しんでいるようだった。
あたしだって悲しい、でも、そんなあたし達をもし嶺羅が見たら、もっと悲しむんじゃないかと思った。
だから、あたしは言ったんだ。
「いつまでも死んだ人のことを考えるのはやめようよ」
前を向こう、笑ってその人の分まで一生懸命に生きていこう、嶺羅ならそう言った筈だから。あたしは慰めようとしたんだ。でも、エミとマリナが顔をあげて、涙で濡れた目で睨み付けてきた時、心臓の奥が凍る思いだった。
その次の日から、あたしのポジションは変わった。
『主人公』の『友人』から、学校中の『嫌われ者』になった。
どうして? なぜ? あたし、何か悪いことした?
事故の詳細が伝わったのか、ある時からあたしは『嶺羅を身代わりにした人』になった。あたしのせいで嶺羅が死んだのだと、あたしが殺したのだと、あたしは『犯罪者』だという目で見られるようになった。
「私は前から、田舎者の愛花が嶺羅の近くにいること自体、気に入らなかった」
憎しみのこもった目でエミが言う。
「エミ、田舎者とか関係ないでしょ。…でも、今回のこと、愛花には本当に失望した」
マリナがあたしに目を向けることなく言った。
他の人たちも、彼女たちと似た反応をあたしに対して示し、あたしは息苦しい毎日を過ごしていくことになった。
一人の帰り道、あたしの足は無意識に嶺羅が事故に遭った交差点に向かっていた。
事故から一ヶ月経った今も、事故現場には花が飾られていて、あたしはその花束たちを呆然と眺めていた。
「…どうして…」
あたしが、こんな目に合わなくちゃいけないんだ。
ピコン、とスマートフォンが鳴った。見ると、『ワタプリ』から公式情報更新のお知らせが届いていた。
嶺羅が死んでから、一度もゲームにログインしていなかったな…そんな事を考えながら、あたしは公式情報サイトを開く。
そこには育成対象キャラのことはもちろん、悪役令嬢やお助け三兄弟などのモブキャラについての設定情報が載っていた。スクロールしていくあたしの指が止まる。
『レイラ・シュテルンベルク』。嶺羅と同じ名前を見つけて、あたしは堪らなくなり涙をこぼした。
「あの日、レイちゃんじゃなくてあたしが死ねば、誰も不幸にはならなかったのかなぁ…?」
考えたくなかった、もしかしての話。でも、それを認めてしまった瞬間、あたしの人生は無価値なものとなった。
だからあたしは、走行中の乗用車の前に飛び出すという選択をした。
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「——あたし、死んだの?」
次に目を覚ますと、あたしは花畑の中にいた。そこは途切れ目も分からないほどに広大な花畑で、幻想的な綺麗な場所だった。
「目覚めたか」
いつから居たのか、あたしが上体を起こすと、その人は目の前に立っていた。
「あなたは?」
「…そうだな、お前たちの世界の言葉を用いて表現すれば、私は『神』になる」
淡く発光する白い肌に、男性か女性か分からない中性的な美しい顔立ち、背は高く、白いローブに身を包んでいた。髪は長髪で、見事な黄金色だ。美しいことは覚えているのに、なぜかその人の顔を思い出せない。どんな瞳の色をしていたんだっけ…。
「私は無駄な会話が嫌いなんだ、本題を話そう」
ぼうっと神と名乗るその人を見上げていると、神様が言った。
「アイカ、君は選ばれた」
「え…?」
「招待状が届いていただろう? 君が誰よりも一番に承諾したので、その場で連れて行こうとしたのだが…まさか、別の少女が死ぬとは思わなかった」
神様は、思い出しているのか少し苦い顔をする。
話の内容を整理していくと、繋がるのは嶺羅が事故に遭ったあの日のこと。そう言えば、『ワタプリ』から変な通知が来ていた気がする…。
「じゃあ、レイちゃんは、あたしの代わりに死んだってこと?」
「まあ…そうだな」
不本意そうな声で肯定する神様に、あたしは睨みながら叫んだ。
「神様が間違えたせいで、あたし、つらい目に合ったんだよ!?」
「間違えたというか、あのレイラという少女の反射神経が凄かったというか…」
あたしに責められた神様は、戸惑うような様子を見せて、言い訳をぶつぶつと呟いている。
「とにかく、晴れて君はあちらの世界で死んだので、こちらの世界に招待しようと思う」
そして、軽い口調であたしの死を知らせては、そんな事を言った。
「…招待?」
「あぁ、君はあの日受けただろう?」
あたしは目を丸くする。そんなあたしの額に神様は人差し指でつん、と触れると、微笑んだような気がした。
「こちらの世界で、君の人生を謳歌してくれ」
——気付けばあたしは赤子の姿になっていて、この世界の両親から『キャロライン・ハーパー』と名付けられた。
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