神代愛花とキャロライン・ハーパー 序章

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  ✳︎  上手くいった。これで邪魔な悪役令嬢はストーリーから追い出した。  オリヴィアの自殺騒動は、自ら毒を飲む姿を何人もの人が目の当たりにしていたので、犯人探しなど無かった。  レオンハーツは婚約者という立場から、事情聴取を受けたが、王子が女性関係で騒ぎを起こすとは情け無い、と、王陛下にお叱りを受けるだけにとどまった。  晴れて私とレオンハーツは、婚約を認められた。元婚約者が自殺を図った手前、家格の違いがなどとは言ってられなかったようで、王子の負の印象を一刻も早く拭うための婚約だとしても、私の望みは叶ったのだ。  あとは、王子様とヒロインが結婚式で結ばれるだけ。 「レオン様、最近元気ないね?」 「あ…キャロル。そんなことないぞ」  そう力無く微笑むレオンハーツにいらつく。  この男、もしかしてオリヴィアのことを引きずってるの? そんなまさか…。  レオンハーツと並んで歩いていると、彼が突然足を止めて遠くを見ていた。あたしも、その視線の先を追う。  そこには、エイデンとオリヴィアの仲睦まじい二人の姿があった。  パーティーの後、一ヶ月ほど療養したオリヴィアは最近復帰したらしい。さらには、ヴァンヘルシュタインの次期公爵夫人となって戻ってきたのだから、学園中大騒ぎだった。  オリヴィアの惨めな自殺劇は、エイデンとオリヴィアの悲恋が身を結んだハッピーエンドに塗りつぶされて、さらには人が変わったように、明るく幸せそうに笑うようになったあの女に絆された生徒たちは、皆、祝福モードだった。  悪役令嬢のくせに、何ちゃっかりと幸せになってんのよ! エイデンがオリヴィアを好きだったなんて、そんなの公式情報には載っていなかったんだけど!?  秋の肌寒い風が吹いて、エイデンが自分の上着をオリヴィアの肩に掛けてやっていた。オリヴィアは頬を赤らめては嬉しそうに微笑んでいる。そんな二人は見つめ合って、口付けを交わしていた。 「…オリヴィア…」  彼らのキスシーンを目撃したレオンハーツが切な気に呟く。  ——はぁ? ふざけるな。あの女を捨てたのは、自分のくせに、何傷付いた顔をしているの?   腹が立つ。あたしは今回のことで、大好きな友達に絶縁されたっていうのに。こんなに優柔不断な男だったなんて。  焦りが出てくる。こんな事で挫けちゃだめ…あたしは、絶対に、幸せになるんだ。  頭にこびり付く女の子の姿が脳裏に浮かぶ。 『アイちゃん』  淡白そうに見えて、本当は熱い性格で、皆に公平で、可愛くて、素敵な、幸せを体現した女の子。  私の憧れであり、目指すべき女の子。  ヒロインの今の私なら、なれるから、そう信じて、それだけに縋って、この世界をここまで生きてきたんだ。 「…オリヴィア様のことが忘れられないの?」 「キャロルっ…違う、これはっ…」 「あたしがレオン様の婚約者じゃ、満足出来ない?」 「そんなわけないだろ。私には君だけだよ」  レオンハーツがあたしを宥めるように抱きしめてきた。あたしは身を任せて、彼の腕の中で、思う。  この男、いらないかも。もう捨てちゃおうかな?  しかし、じゃあ、次は誰にする? 他の育成対象であるルードヴィークもガブリエルも、今から攻略するには時間が足りない。じゃあ、もうすぐ教員として赴任してくる最後の育成対象を…ううん、彼を攻略するには、赴任する日まで誰とも恋愛イベントを起こしていないことが条件だった。レオンハーツと婚約関係を結んだ今、もう無理だ。  あたしはエイデンに目を向けた。しかしエイデンは、なんで石女のオリヴィアと結婚したんだろう?  万が一、死ななかった時の為に、わざわざ、子が産めない体になる副作用をもった毒薬を用意したというのに。高位貴族には馴染みがないかもしれないけど、下位貴族には、案外、使用している令嬢は多い。親の目もあるから、手に入れるのに、どれだけ苦労したことか…。  ギリ、と奥歯を噛み締める。  嶺羅がレイラになるから、ストーリーが狂ったんだ! レオンハーツを焚き付けて、オリヴィアの弱味で脅して、毒薬を手に入れて、王子様の婚約者になれるよう誘導して、やっとここまで来たんだ。  あたしがこんなに苦労してるっていうのに、あたしに絶交なんか言い渡して、しかもあんな格好良い婚約者もいて…。 「……あ、」 「? どうかしたか、キャロル?」 「ううん、何でもないよ」  あたしはレオンハーツの腕の中で顔を上げて、ニコリと微笑んだ。それを見たレオンハーツは、顔を綻ばせて笑った。  ザカライアって、ゲームではヒロインに恋していたんだから、この世界でもあたしのこと好きになるってことだよね?  嶺羅が美味しく育てたザカライアを、私が貰っちゃってもいいよね、あたしヒロインだし。  ザカライアも、あたしと結婚して子供を産めば、子供の作れない兄夫婦なんて蹴っ飛ばして、公爵になれちゃうし。侯爵家への婿入りよりも、遥かに嬉しいよね。  ま、王妃じゃないのは残念だけど、公爵夫人も悪くない。 「ふふ、レイちゃん。悪く思わないでね」  だってあたしがこの世界のヒロインなの。今のレイちゃんは、あたしよりも可愛くなくて、モブキャラなんだから、仕方ないって分かってくれるよね?  あたしは前の世界で、そうやって嶺羅の隣で生きてきたよ。
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