壱 ザカライア、浮気を疑われる

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 そそくさとこの場を後にしようと背を向けたザカライアに、私は呼び止めるように言った。 「私に! 何か、話したいこととか、ある…?」  尻すぼみする言葉にザカライアが振り返った。私、何で、不安になってるの?  ザカライアは私の言葉を受けて、躊躇う様子を見せる。何かを言いたげにしながらも、勇気が出ない、そんな感じだ。  婚約者が何を躊躇っているのか分からないが、私は彼を追い詰めないよう静かに待った。  すると、意を決したのか、ザカライアの目に強い光が宿って、私の両肩を掴むと「あのねっ…!」と前のめり気味に話を切り出す。 「サマー・ティーパーティーで…」  その日は、ザカライアの様子がおかしくなったと感じ出した日だ。 「っ…」  私と目が合うと、ザカライアは泣き出しそうな顔をした。  どうしたの? ザッくん、と私が声をかける前に、ザカライアが私の肩から手を離して項垂れた。 「…ごめん、レイちゃんに話したいことは、ないよ…」 「……そう」  私は、ザカライアの目が見れなかった。  彼が最後にどんな表情を浮かべたのか、去っていく後ろ姿を今さら見つめても、何も分からなかった。  ——嘘を吐かれることが、こんなに辛いだなんて、知らなかった。   ✳︎  ザカライアが去ると、物陰に隠れてこちらの様子を伺っていたリュカとグレイシアが姿を現した。  落ち込んだ様子の私に、二人は悲しそうな顔をする。 「レイらしくないよ、普段の君なら、もっと自信満々にいてくれないと!」 「そうですよ、ザカライア公子に何か事情があると仰ったのは、レイちゃんじゃないですか!」  二人の慰めを耳に入れつつ、私は考える。  そもそも、ザカライアとキャロラインはいつ関係を深め合ったの? 様子がおかしかったとはいえ、休日も彼は必ず侯爵邸に来ていて、ほぼ私と共に過ごすザカライアとの仲を深める時間が、キャロラインにあったと言える? 「さ、僕たちは何をすればいい? レイ、何でも指示を出してよ!」 「はい! 私たちはレイちゃんの味方ですからっ」  いいえ、無かった筈だわ。じゃあ、何? ザカライアは先程『サマー・ティーパーティー』と話を切り出そうとしていたわよね。あの日のキャロラインに目を奪われてしまった、とか…? 夏の妖精のように、可愛らしかったものね、彼女。 「レイ?」 「レイちゃん?」  確かにゲームでは、ザカライアはキャロラインに恋をしていた。けれど、今のザカライアが恋している相手は私なのだと絶対的自信を持って言える。するともしかして、ストーリーの強制力が働いている? え、今さら?  もう、頭で考えたって、どうしようもない。 「——とにかく!」 「うわぁ!?」 「きゃ!?」  がばっと顔を上げた私に、リュカとグレイシアは驚いたようだ。仰け反っている。  例え強制力が働いていようが、関係ない。そんなの、私が捻じ曲げてやるわ。私のザカライアを絶対に取り戻す! 「ザッくんを追うわ!」 「うん、了解!」 「ザカライア公子の目を覚ましてやりましょう!」  私たちはザカライアの去って行った方へ、駆け足で進んだ。  着いた場所は、学園の中でも人気のない場所にある、空き教室だった。  慌てて後を追いながらも、途中でザカライアの姿を見失い、途方にくれていた私たちだったが、廊下の窓越しにこの空き教室に入っていったザカライアの姿を発見出来て、本当に良かった。  私たちは足音を立てないように近付き、そっと扉に耳を当てる。 「あ、いいのかな、盗み聞きなんて…」  と、はしたない行動にグレイシアは顔を赤らめて困った顔をしていたが、リュカの「盗み聞きじゃない、調査だよ」と言う言葉に、彼女も準じて耳を扉に押し当てていた。  ボソボソと話し声が聞こえる。声の高さからいって、男性と女性が一人ずつ。  今、ザカライアが対面している相手がキャロラインだと思うと、不安よりも怒りが込み上がってくる。  あの日、絶縁する覚悟でさよならを告げたのだ。  キャロラインに、私と私に関係する大切な人に近付いて欲しくなどなかった。 「…何て言ってるのかしら?」 「あんまり聞こえないね」  私とリュカが眉を顰めて、ぐっと更に耳を押し付けたところで、ドサッと、何やら倒れる音が聞こえる。男女の言い合う声が大きくなった。 『…なせ、さわ…なっ』 『ふふ、期待……た…でしょ?』  ザワザワと心が落ち着かない。  ザカライア、一体中で、何をしているの…!? 『あたしのこと、好きだよね?』  キャロラインの声が、はっきりと聞こえて——。 『うわぁああ!!』  突然のザカライアの叫び声に、私たち三人はビクリと肩を揺らした。  焦って顔を見合わしている間に、ガラッと、耳を当てていた扉が開かれる。 「あ…」 「やば…」 「違うんです、これは…」  一様に間抜けた顔で私たちは、扉を開いた人物を見上げていた。  そこには、シャツのボタンが外れて胸元から腹筋までもが露わになったザカライアの姿があった。  頬は紅潮していて、何だか息遣いも荒い。潤む紫の瞳が私を見つけた途端、ぽろり、と涙がこぼれ落ちた。 「レイちゃん、どうしよう!」 「ザッくん、どうしたの!?」  彼の姿がまるで事後のようだとか、まさか襲われたのかだとか、色々と気になることはあったが、私はまず、子どものようにぽろぽろと涙を零す婚約者を気遣うことにした。 「僕っ、僕の…!」  ザカライアは縋るように私を抱き締める。 「ぜ、全然反応しないんだ…女性の裸体を見たのに、僕のモノが……こ、これじゃあシュテルンベルク侯爵家に婿入り出来ない。まさか、まさか僕が勃起不全だったなんて、そんな…っ!」  空き教室の中には、ドレスを脱いで乳房を晒すキャロラインの姿。この修羅場的現場でザカライアは、まさかの爆弾発言を投下する。 「へ、え!?」  私の頭は真っ白で、変な声が出た。
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