壱 ザカライア、浮気を疑われる

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「ざ、ザッくん? 一体何を言ってるの!?」 「僕、僕は…レイちゃんのお婿さんになることを夢見て今まで頑張ってきたのに、こんなことって…」  ザカライアが泣いている。はだけた身体を見せ付けながら、紫の瞳を潤ませこちらを見つめてくる。内容が内容なだけに、何と声を掛けていいのか分からないが、とりあえず青い顔して教室に佇んだままのキャロラインに厳しい目を向けた。 「キャロライン嬢、服を着て」 「あっ…!」  キャロラインが慌ててドレスを着ていた。そんな彼女に、兄のやばい場面に遭遇してしまった…と青褪めた顔をしていたリュカが、ここぞとばかりに前に出てきてキリッとした顔で言った。 「キャロラインさん、この教室に立ち込める匂い…媚薬の一種だね? 学園の教員として、見過ごせないな」  顔見知り男性のシモ事情を知ってしまい、どうしていいか分からず慌てていたグレイシアも、顰めた顔でリュカに続いた。 「貴女はお兄様の婚約者であらせられます、王族として…いえ、妹としても、この裏切り行為は見過ごせません!」  二人は青褪めて思考停止している様子のキャロラインを教室から強引に連れ出して、そそくさとこの場から立ち去ろうとしている。 「ちょっと…」  と、ひとりにしないで欲しい私が声をかけると、「この媚薬、そんなに持続しないし効果も弱いから、ザック兄さんを落ち着かせてあげて」と、いい笑顔を向けられ、止める暇もなく彼らは立ち去って行った。  私はぐずぐずと泣くザカライアに、目を向けた。とりあえず彼を誘導して、椅子に腰を下ろさせる。 「とにかく、ザッくん…その、それ、についてはこれから一緒に治療していきましょう?」  そっとザカライアに近付き、項垂れ、下がっている肩に触れた。ザカライアの体がピクリと反応する。 「…本当に? 僕を捨てて、他の男と結婚しない?」  肩に触れた手を握ってきたザカライアは、縋るような、甘えた瞳で私を見上げてくる。思わずゴクリと唾を飲み込んだ。やはり、危険だ。私が私でなくなってしまう。媚薬の効果でこんなに色気が溢れているのだろうか?  少しザカライアから距離を取ろうとしたところ、取られていた手をギュッと握られ、更には引き寄せられてしまい、ザカライアの足の間に立つ形で抱きしめられたので、ザカライアの首元に私の胸を押し当ててしまった。 「ザッくん、ごめんなさいっ…!」  性のことへの耐性が皆無な私は、それだけで熱くなってしまった顔で飛び退くように背中を逸らした。けれど、ザカライアの腕が瞬時に私の腰に回り、私は彼から一ミリも離れることが出来なかった。 「……レイちゃん、なんか…」  ザカライアが密着したまま顔を上げる。私が見下ろす姿勢ではあるが、互いの鼻先の距離は数センチ、私が少し顔を下ろせば、触れ合ってしまう。——私、試されてる? 「僕、大丈夫かもしれない…」 「え?」  ごり…と、私の太腿にはじめての感覚の硬さが押し当てられている。さっき、勃起不全かもしれないって、騒いでいたよね?  ザカライアの、私の腰に回していた腕に力が入り、更に強く引き寄せられる。これ以上は縮まる距離も無いのに、もっと、もっとと私を求めるのだ。 「レイちゃんの匂いだぁ…」  ザカライアは、今度は私の胸元に顔を埋めた。身動ぎする私にお構いなく、私の胸の柔らかさを確かめるように頬擦りしていた。私はそれを見下ろして固まってしまった、完全なる思考停止だ。  ザカライアはそんな私を甘ったるい瞳で見上げて、私のブラウスのボタンの咥え、引きちぎろうとしていた。私の思考が戻ってくる。リュカは確かに、効果の薄い媚薬だと言っていたのに、ザカライアは暴走していたのだ。 「だ、だめです。それはっ、もうだめです! 終わり!」  真っ赤な顔で、逃げるように慌てて背を逸らした私の行動が追い討ちをかけたのか、遂にボタンがちぎれてしまった。止めるものがなくなったブラウスの一部が開き谷間が露わとなる。私はあまりの事にまた固まって、思わずザカライアを見つめると、彼は少し楽しそうに微笑んだ。 「レイちゃんの顔、真っ赤だね」  そんな事を言って、ザカライアは私の谷間にリップ音を鳴らしながらキスを落とし、そしていつものように私の頬へと手を伸ばす。親指が優しくそっと頬を撫でて、そしてやはり唇を撫でる。 「かわいい、かわいい、レイちゃん」  いつもと違うのは、そのまま顔を引き寄せられたこと。 「大好きだよ」  少しでも動けば、唇と唇が触れてしまえる位置で停止して、ザカライアは甘える声で言った。 「もうずっと、我慢してる」  脳が痺れる、甘い声と視線。 「限界だよ……だめ?」  求められている。下腹部に彼の硬くなったものを押し当てられて、ザカライアに、欲望の目を向けられている。 「…………キスまで、なら、いいよ」  あまりの勇気に、涙が出た。燃えるほどに熱くなる私の頬を、ザカライアは愛おしそうに撫でる。 「泣かないで、レイちゃん。大丈夫だから…」  ザカライアはそう言って、本能のままに私の唇を貪った。  結果、彼は勃起不全ではなく、私相手だとちゃんと反応した。  泣いて喜ぶ婚約者の腕の中で、私はぐったりと疲れ切っていて、ザカライアの浮気を疑ったの誰!? と、最後にいい笑顔で私を見捨てていったリュカに怒り心頭の思いだった。
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