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弍 無価値な懺悔
オリヴィアから招待を受けて、学園にある個室のプライベートルームで一緒にランチタイムを過ごしていたある日。グレイシアとユリアンも同席して、四人で楽しく過ごしていた時だった——彼がやって来たのは。
ユリアンはサマー・ティーパーティーのあと、王子に暴言を吐いたとして、実家から罰を言い渡されたらしく、授業料の支払われている今学期までで実家からの援助を打ち切られ、学園を去ることが決まっていた。
伯爵家に名は連ねているものの、父親からの命で家から出て頭を冷やせと言われたらしい。それは実質、勘当ともとれる言動ではあるが、きっと、ユリアンが謝れば父親はすぐに許す心積りだったはずだ。
しかし、ユリアンは頑固な性格の女の子だったようで、彼女は追い出されたその足でヴァンヘルシュタイン公爵邸に赴き、オリヴィアの専属侍女に志願したのだ。これにはユリアンの父親も予想外だったことだろう。伯爵の働きもあり、ユリアンは来年からヴァンヘルシュタイン公爵家へ仕えることに決まった。
彼女曰く、『私の主人はオリヴィア様しか有り得ませんので』と、いうことらしい。オリヴィアは困った表情を浮かべながらも、嬉しそうに笑っていた。
エイデンの妻となったオリヴィアとは、近い将来に義理の姉妹となるのでよく交流を持つようになった。
初めて彼女と言葉を交わした日、私が思う人物とは違ったオリヴィアを見て、前世の記憶に引っ張られて彼女に『悪役令嬢』の印象を強く持ってしまっていたことに、私は心の底から恥じた。今では、『ヴィア義姉様』と呼ばせて貰っている。
「レイさん、魔塔商会の方の調子はいかがですか?」
オリヴィアが何気なく尋ねてきたので、私が「最近では…」と言いかけていると、部屋の外が騒がしくなった。
『困ります! ここはプライベートルームですので、ご招待を受けてないお方はっ…』
給仕係の焦る声。
『私を誰だと思っている? いいから、そこをどけ!』
と、乱暴な声。私たちは話すのをやめて、皆一様に扉へと目を向けた。
大きな音を立てて、勢いよく開かれた扉。そこには、やはりと言うか、乱暴な声の主であるレオンハーツが立っていた。
「オリヴィア・モーガン!」
オリヴィアの姿を見つけたレオンハーツは、つかつかと大股で彼女に近付いていったので、警戒したユリアンが彼らの間に素早く立った。
「お前っ…!?」
レオンハーツはユリアンの出現に面食らった顔をした後、睨み付ける。
「お前は、セドニア伯爵の娘だろう!? 何故、私に楯突く!?」
「私はヴァンヘルシュタイン公爵家にお仕えすることが決まっている身、父の娘ではなく、オリヴィア様の付き人として考えて下さって結構です」
淡々と答えるユリアンに、レオンハーツは歯軋りした。
とりあえず、オリヴィアの身の安全はユリアンが居てくれているから大丈夫そうだ。私はこの隙に、エイデンを呼んでこようと腰を浮かせると、レオンハーツが私に顔を向けた。
「レイラ、どこへ行く気だ?」
「………」
私が眉を顰めて黙っていると、彼は歪な笑顔を浮かべて今度は私の方へと歩み寄ってくる。彼は当たり前のように手を伸ばしてきたので、私はそれを手で払った。
「…俺は、未来の王陛下だぞ?」
王太子でもないくせに、何を言う。
「私は、未来のシュテルンベルク侯爵です。ただの令嬢とは思わないでください」
そう言って彼を睨めば、レオンハーツは苛立たしそうな表情で「ちっ!」と舌打ちする。
「あの忌々しいザカライアが夢中になる女だからと今まで優しく接してきてやったが…可愛げのない女だな」
「あら? これでも、ザカライアには毎日『可愛い』と言われているんですよ?」
私は減らず口を叩いて、何とかレオンハーツの意識を私の方へ向けようと努力する。彼の目的は、オリヴィアだ。だから、今の隙に彼女には逃げて欲しかった。次期公爵夫人のオリヴィアより、次期侯爵の私の方が地位が高くなるので、多少生意気を言っても王子に酷いことはされないだろうと考えての判断だ。
その意を汲んでか、オリヴィアとユリアンがそっと席を立つ。
「お前たち、私を馬鹿にしているのか?」
こめかみに青筋を立てて、レオンハーツが地の底から響く低い声で言った。
「この部屋から出るな。これは、王族である私の命令だ」
レオンハーツは一体、今さらオリヴィアになんの用があると言うのだ。サマー・ティーパーティーでの惨劇を、忘れたわけでもないだろうに。しかし私たちは無力で、レオンハーツの言葉に従い黙って着席するしか選択肢はない。
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