弍 無価値な懺悔

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  ✳︎ 「ははっ……あはははっ、は!」  レオンハーツが涙を流しながら、狂ったように笑い始めた。 「オリヴィア、私はなぁっ…」  レオンハーツの目の焦点は合っておらず、何を仕出かすか分からない様子の彼に、私たちは逃げられるよう席から立ち上がった。 「お前の自殺騒動のせいで父上に呆れられてなぁ、母上はお前に憤慨していたけれど、私はまた自分の能力を父上にお見せすれば父上も前みたいに元通りに戻って下さると思っていたんだっ…」  正気の沙汰ではない様子のレオンハーツが語る。 「しかし、お前の父親はよほど私に腹を立てているらしい! 王家派の代表格にして最大の権力者であるモーガン公爵が、私が即位した場合支持しないと公表したのだ! 更にはモーガン公爵に準ずる者まで出てきている始末! 父上は遂に、愚図なグレイシアの名を口に出し始めた! 分かるか!? 全てはサマー・ティーパーティーでお前が自殺など図るから、私の人生が滅茶苦茶になったのだ! 私がいつお前に、『死ね』と言った!?」  私たちは黙って王子の叫びを聞いていた。彼を刺激しないためだ、素直に聞いているわけではない。  それからレオンハーツの叫びは止まらずに、「モーガン公爵が戻ってくるようオリヴィアを迎えに来たのに、お前は素直に頷かない! いつもお前はそうだ、私の思い通りにならない女なんだ!」と嘆くように言って、拳をテーブルに強く叩き付ける。 「きゃあ!」  オリヴィアが怯えたように叫び声をあげた。私も冷や汗をかいて、レオンハーツから目を離さないようにしていると、突然彼が私に顔を向けてきた。 「そうだ、シュテルンベルク侯爵は中立派だったな?」 「なっ…!?」 「政治に顔も出さないから貴族同士の無駄な繋がりもない。レイラ、この際お前でもいい」  正気を失った目で私を見るレオンハーツが私の目の前にまでやって来て、そして、乱暴に片手で私の顎を掴む。 「貴族の支持としては弱いかもしれないが、侯爵家には何より金がある。それに私は、学業においても、商会のことにしても、お前の能力を高く買っているんだ。金とレイラがあれば、父や貴族たちは再び私を認めるだろう。この際、お前の全てを私の為に役立てろ。美人で賢い王妃…私に相応しいではないか!」 「な、にを、勝手なことばかりっ…!」  私は恐怖心に足がすくみながらも、レオンハーツを睨み付けた。 「その生意気な目が気に入らない! まずは躾が必要か? ザカライアはお前を可愛いがると言っていたな? では、その綺麗な顔に傷を付けてやったら、あいつはお前から興味を失うか?」  私は傷があるくらい構わない、と、狂気に満ちた笑顔を浮かべて、テーブルに置いてあった、先程まで私が使っていたナイフを手に取るレオンハーツ。オリヴィアとユリアンが青褪めた顔で、こちらへ駆け寄ってきた。  ナイフが振り上げられる。私は逃げようともがくが、レオンハーツの力には敵わず、顎を掴む手はびくりとも動かない。 「やめて! 王子! やめてください!」  オリヴィアは泣きながら、ナイフを持つ手に縋り付くように抱きついた。ユリアンも強張る表情で、私からレオンハーツの手を何とか離そうとしている。  私の目はナイフの刃先に釘付けだった。  そして、何故か、七歳の時にザカライアと駆け落ちした日の出来事を思い出していた。  『僕が生涯、レイちゃんを守るよ』、そう言って私を優しく抱きしめてくれた、九歳だった少年のことを思い出していたのだ。 「——ザッくん、たすけて」  私の目から、ぽろりと涙がこぼれて、振り下ろされるナイフが私に向かって——。   「あんた…レイちゃんに、なんて物を向けているんだ!」  待ち望んでいた人の声が聞こえるのと同時に、レオンハーツの動きが止まった。それは、レオンハーツの意思ではないらしく、力を入れてぶるぶると小刻みに震えていることから、外的要因で動けなくなっているようだった。 「俺の妻や義妹たちに、何してんだよ…」  ドスの効いた声で、青筋を浮かべてはレオンハーツの手からナイフを取り上げたエイデンが言う。  自分の魔法で動けなくなったレオンハーツの頭を鷲掴みにしたザカライアが、みしみしと軋む音を立てながら、レオンハーツを私から引き離すために後ろへと引いた。  私の目の前に、ザカライアが現れる。まるで光だった。 「…怖かった…」 「レイちゃん! 怖い思いをさせてごめんね…」  私とザカライアは、どちらかともなく抱き合って、力強く私を抱きしめてくれたので、私は安心してザカライアの腕の中で泣いた。  普段は泣かない私だけれど、今日ばかりは、そうはいかなかった。  リュカとグレイシアも私を抱きしめてくれた。  私は鼻を啜りながら、恐怖と疲れから、気を失うように眠った——。  それから数日休んで学園に行くと、そこにはもうレオンハーツの姿は無くなっていた。  レオンハーツの自暴自棄とも言える暴走に、王陛下は重く受け止めたようで、レオンハーツは公爵位を与えられたものの、北方にあり寂れた極寒の国境領地へ王の命のもと、向かわせられたらしい。  そこは、不仲な隣国と接する領地であり何度も襲撃に遭っていることから土地は痩せ、治安も悪く、領地民たちも王国への恨みを抱えている者たちばかりだと聞く。王子であるレオンハーツの立場であれば、とても息苦しい土地だろう。  しかし、王も人の子だったのか、息子にチャンスを与えるため、『将軍』の名を冠して送り出したと言う。レオンハーツが自分の役割をしっかりと果たし、貴族達を納得させて貢献したならば、彼が王位継承の座に返り咲くこともあるのだろう。  キャロラインとの婚約は、キャロラインが国境領地へ行くのを拒んだため、レオンハーツの強い希望もあり解消となった。
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