参 デビュタント

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「レイちゃん、綺麗だ」  デビュタントの証、白いタキシードに身を包んだザカライアが姿を現した。ザカライアの方が、綺麗だ…私は息をするのも忘れて、彼に見惚れてしまった。  ユリの花束を携えたザカライア。彼の瞳と同じ紫色のレースリボンで束ねられており、リボンが垂らされている。ザカライアに手渡され受け取った私は、ユリの香りを胸いっぱいに吸い込んだ。 「ありがとう、嬉しいわ」  ユリから顔を上げると、ザカライアが私を愛おしそうに見つめていた。 「レイちゃんにはユリが似合うと思ったんだ…」  綺麗な黒髪がよく映えるから、と微笑むザカライアに、私も笑い返した。 「レイ、ザカライアくん。二人とも素敵だよ」  父と母が隣に立つ。私たちの装いはお揃いの衣装で、花束も持っているからか、何だか結婚式を挙げる装いのようで照れてしまう。私のドレスには、約一年をかけて刺された銀糸の刺繍が施されている、お針子たちの超大作だ。ザカライアのジャケットにも同じように銀糸の刺繍が施されており、襟元だけが私の瞳と同じ緑色の刺繍だった。 「ザカライアとレイラよ」  老人の声がした。見ると、そこにはジュディスとユージンが立っていた。彼らは勝手にシュテルンベルク侯爵邸に住み着いているのだ。 「二人とも、どうしたの?」  普段、あまり地下室から出てこない二人だから、驚いた。 「祝いダ、こレを二人にやろウ」  ユージンが大きな手を開いて、私たちの前に何かを差し出した。そこには、ころんと転がる二つの指輪。 「水晶とダイヤモンドで作ったのじゃ、儂とユージンとでな」  ほっほうと笑ってジュディスが言うので、私とザカライアは互いに目を合わせて驚く表情を浮かべる。 「小指に嵌めるんダ。レイラは左、ザカライアは右の手に。二つが嵌めらレて、初めて効果を発揮すル」  ユージンが、ほら、と、手を上げて受け取るよう催促する。私とザカライアはそれぞれ一つを手に取ると、その指輪をまじまじと観察した。通常の金属部分がガラスのように透き通った水晶で出来ており、その頭頂部分には当たり前な顔をしたダイヤモンドが鎮座していた。 「この水晶の透明度といい、ダイヤモンドの純度といい…材料費だけでも高かったでしょうに…」  幻想的な輝きを放つ指輪の美しさにため息混じりにそう言うと、ジュディスが「それは魔塔商会の経費を使ったから、問題なしじゃ!」と元気よく言ったので、ユージンが「お、おイ、言うナって!」と、焦っていた。  私は指輪から顔を上げて、半目で二人を見る。勝手に経費を使ったですって? まあ、経費の中に自由に使っていいお金として用意している『研究試作費』から出したのでしょうけれど。簡単に見積もっても、材料費だけでほぼ使い切ってるはず。帰ってきたら、お金の使い方について二、三時間のお説教ね。 「とにかく、早ク指に嵌めロよ」  私から目を背けながらユージンは急かした。私は小さく息を吐いて、左手の小指に嵌める、と、するりと水晶の輪が私の指に吸い付くように小さくなった。ザカライアも右手の小指に指輪を嵌めていた。  その瞬間、ぱぁっと私たちが輝き出した。 「なに?」  私とザカライアの周りを、キラキラと煌めく光の粒が漂っている。肌も微弱ながら発光していた。 「作品名『光明』。二人一緒なラ、未来が開かれルという意味を込めテ」 「二人にとって特別な夜、文字通り、輝いて欲しかったのじゃ」  ジュディスが子供のような無垢な笑顔で笑った。 「これデ、今夜の主役はお前たちダナ!」  ユージンもニカッと笑って、満足そうに両手を腰に当てていた。  二人の好意に笑みが溢れる。  まったく…発光させるのはやりすぎだと思うけれど…。 「ありがとう」  その心遣いが、純粋に嬉しい。 「さあ、行っておいで。成人おめでとう、二人とも」  父が「後ほど、会場で」と締め括る。  私たちは皆に見送られながら、馬車に乗り込んだ。   ✳︎  会場に着く頃には、夕暮れ時であった。会場は、国の所有物となる大きな湖のほとりに建てられた城のような建物で、ベランダに出れば、湖の向こうに沈んでいく夕日を目で愉しむことが出来た。  私とザカライアは会場中の注目を集めた。皆が頬を染めてうっとりとした視線を寄越す中、私たちは胸を張って歩みを進めた。  エスコートするザカライアをチラリと見ると、すぐに彼と目が合った。  本当に、素敵な人だ…。もう誰も、ザカライアを『アヒル公子』と呼ぶ人なんていなかった。噴水に腰掛けて泣く太ったザカライアはもういない、私の、私だけの素敵なザカライアがここにいる。 「はぁ…なんて麗しい…」 「優雅で、洗練されていて、さすが、ヴァンヘルシュタインの白鳥貴公子だわ…」  熱いため息を吐きながら、令嬢たちが話している。 「みんな、ザッくんに夢中ね」  嬉しくて、ザカライアにこっそり耳打ちすると、彼は「ふふ」と微笑んで教えてくれた。 「違うよ、『僕たち二人』に夢中なんだ」  ザカライアが言った後にすぐ「あの」と、声をかけられる。見ると、私と同じクラスの令嬢たちだった。 「レイラ様、とてもお美しいです。お二人が並ぶと、まるでウェディング・ドレスのようで…」 「あなた方お二人は、私の憧れなのです」  嬉しくて、照れ臭くて、私はザカライアを見上げた。 「ザッくんに貰ったユリ、この方たちにプレゼントしたいわ」 「どうぞ」  私は花束の形が崩れないようにそっとユリを二本引き抜くと、彼女たちに一本ずつ手渡した。 「ありがとう。貴女たちも、とても素敵だわ」  彼女たちは感動したように頬を染めて、一本のユリを大事そうに抱きしめる。この時のことがキッカケで、今年の社交界パーティーでは、若い令嬢を中心に花束を持参し、花を交換し合うことが流行ったとか。今の私は、その事をまだ知らない。
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