参 デビュタント

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 大人たちも会場に続々と到着し、私とザカライアは知り合いへ挨拶をしに会場を回った。そこには、夫婦となったエイデンとオリヴィアの姿もあり、小公爵と小公爵夫人の二人にも挨拶した。 「グレイシアさんはいらっしゃらないの?」  オリヴィアは、私とグレイシアをセットと認識しているみたいで、辺りを見渡している。 「ヴィア義姉様、シアちゃんは来年までデビュタントを待つそうですよ」 「あら、なぜ?」  首を傾げるオリヴィアに、私は「ふふ」と、意味深な笑みを浮かべる。 「来年にならないと、ルカがデビュタント出来ないので」 「ほーう」  オリヴィアよりも早く、エイデンが反応する。揶揄う気満々の笑顔を浮かべるエイデンに、私は小さく息を吐いて忠告してあげた。 「ルカを揶揄う気なら、やめておいたほうがいいと思うけれど」  私がそう言うと、エイデンはなぜだ? と、いう顔をした。 「エディ、きっと貴方じゃルカくんには勝てない」 「むしろエディ兄さんが返り討ちに遭うよ」  妻と弟の同情的な表情に、エイデンは拗ねた顔で「心外だな…」と、弱々しく言った。  ザカライアとファースト・ダンスを踊り終わるとバルファルトからもダンスのお申込みを受けた。見れば、バルファルトの後ろにも見知った令息たちが列を成している。 「セカンド・ダンスまでは、婚約者の特権だから」  勝ち誇る顔で彼らに言ったザカライアに、バルファルトも負けじと言う。 「ザカライア先輩、貴方の後ろにも令嬢が列を成していますよ」  目を丸くしたザカライアが振り返ると、そこには令嬢たちの大行列ができていた。三兄弟ファンクラブメンバーたちだ、私は直感した。妻帯者のエイデン、不在のリュカ、となればザカライアに集中がいくのも納得である。 「…僕、体力持つかな…」  乾いた笑みを浮かべるザカライアに私は笑った。 「私たちのセカンド・ダンスを皆に見せつけてやりましょう!」  その後、それぞれに令息令嬢たちとダンスを踊り休憩しようと私とザカライアはベランダに出た。夕日はとっくに沈んでおり、空には満月が浮かんでいた。月が明るすぎて星はあまり見えなかった。それがまた、月を大きく見せて素敵だと感じさせた。 「今夜の月は綺麗だね…」  ザカライアと見上げる満月。私はくすっと小さく笑って「向こうの世界ではね」と、話し始めた。 「それは『愛してる』って意味になるのよ」  ザカライアは興味深そうな顔で私に目を向ける。 「へぇ、とてもロマンチックだね、素敵だ」 「そして答えるの、『死んでもいい』って」  満月を見上げながら言う私に、ザカライアは真剣な声色で言った。 「……僕だったら、『また一緒に見よう』って答えて欲しいな」  死んだら、一緒にいられないよ、と、寂しげに笑うザカライア。私は肩をすくめながら笑った。 「それは素敵ね。ザカライア、今夜の月は綺麗ですね」 「ふふ、本当ですね。また一緒に見ましょう」  私たちは約束、と指切りした。互いの指輪がカチリと音を立てて触れ合った。 「——レイちゃん、ここにいたんだ」  突然、私たち以外の人物がベランダに現れる。ザカライアは警戒した様子でスッと私を隠すように立ち位置を変えた。 「…そう警戒しないで、何もしないし。…出来ないから」  そこには、キャロラインとガブリエルの姿があった。忌々しそうにガブリエルを見上げるキャロラインに対し、ガブリエルは冷ややかな目を彼女に返していた。 「あたしが何もしないように見張られてるの」  あの日からね、と、むっつりした顔でキャロラインが言った。 「もう…疲れたの、こんなに頑張ったのにあたしはやっぱりあたしで、レイちゃんにはなれないんだって嫌になるくらい分かった…」 「…どういう…?」  意味なの? そう続ける前にキャロラインが気持ちを切り替えたような顔で言った。 「…さいごに、レイちゃんにお別れを言いに来たんだ」  戸惑っていた私だったが、キャロラインのそのひと言に彼女の青い目を見つめる。その目は、何処までも透き通っていて、とても、儚さを感じた。 「……どこかへ行くの…?」 「うん…遠くへ行くつもり」  キャロラインがゆっくりと私たちの方へと歩いてきた。ガブリエルもいるので安心だが、油断は出来ない、と、ザカライアの緊張感が伝わってきた。  キャロラインは私の隣に立ち、ベランダの塀に寄りかかると目の前に広がる湖を見た。 「わぁ、真っ黒だねぇ」  私は月にばかり目がいっていたが、キャロラインは月には目もくれずに黒い深淵のような湖を見渡していた。 「どこへ行くの?」 「誰もいないところ」  私は俯いた。寂しいだなんて、言ってはいけないのだろう。私はどうしても考えてしまう。私たち、こうなる未来しか、なかったのかな?  キャロラインが、この世界の人たちをキャラクターとしてではなく人間として受け入れてくれていれば、オリヴィアを追い詰めなければ、ザカライアを利用しようとしなければ…なんて、サマー・ティーパーティーでキャロラインから逃げ出して、廊下で目を逸らした私に、貴女を責める資格はないよね。 「そう、なの……元気でね」  だから、私にはこれしか言えない。 「うん、レイちゃんも、ね!」  その時のキャロラインの笑顔は、ヒロインらしいとても可愛い笑顔だった。 「体も冷えるだろうし、そろそろ中へ戻ろう」  ザカライアがそっと私の肩を抱いて言う。私は頷いて、キャロラインに背を向けた。  すると、ヒラ…、と、視界の端でキャロラインが着ていた白い色のドレスがはためいているのが見えた。私は足を止めて固まる。 「おい、何してっ…」  ガブリエルが切迫した顔で咎めるように言った。 「じゃあ、あたし、そろそろ行くね」  私がキャロラインを振り返ると同時に、塀の上に立つ彼女が湖の方へと倒れて行った——。 「——アイちゃんっ!」  前世のあの日と、同じだった。  私の素晴らしい反射神経が、私にこのような行動を取らせたのだ。  必死に手を伸ばして何とかキャロラインの手を掴む。 「よかっ……」  安心したのも束の間、私の身体はベランダの外へと引き摺り出されて、そのまま宙へ投げ出された。 「レイちゃん!」  ザカライアの悲鳴のような声が向こうで聞こえる。 「レイちゃんの、ばか…あの時もそう、なんであたしなんかを助けようとするの…?」  キャロラインは自嘲した笑顔を浮かべて私を見つめていた。 「…これじゃあ、あの日と同じじゃんか…」  彼女は泣いていて、月の雫のように輝いた涙が宙を舞う。私は絶対にキャロラインの手を離してやるものかと、力いっぱいに掴んだ。そっと、私の手に重ねられた彼女の手。 「ねぇ、なんで…なんであたしを置いて死んじゃったの…?」  この時、私はやっとキャロラインの苦しみに触れたような気がした。彼女を一番に傷付けていたのは、他でも無いこの私なのだと分かったのだ。そして、私が、彼女の身代わりのように死んだことで、誰よりも一番に彼女を責めていたのは、彼女自身だったのだと…。 「アイちゃんをひとりにして…ごめんね…」  私たちは、大きな水音をたてて真っ暗な闇の中へと沈んでいった。
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