肆 二人の転生者

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肆 二人の転生者

 私たちは学校にいた。懐かしい…それは、前世の世界の風景だった。私たち以外がセピア色に染まるこの空間で、互いに顔を見合わせる。遠くで部活動生たちの掛け声が聞こえていた。 「レイちゃん、お話しない?」 「いいよ、アイちゃん」  久しぶりの制服はドレスよりも軽やかで動きやすい。ガタガタと音を立てながら、椅子を引いて、机を挟んで互いに向き合うように座った。  彼女は前世の姿だった。私も、そうだ。 「隣のクラスの万田君って覚えてる? ずっと、レイちゃんに好きだと付き纏っていたくせに、事故の後、あっさりと他の子と付き合ったんだよ?」 「マンダ? どんな人だったかしら?」  その人物の姿が思い出せずに私が首を傾げていると、愛花はケラケラと笑った。 「そう言えば、テストの結果はどうだった? あの後、期末テストがあったでしょう? アイちゃんに一番時間をかけて勉強を見てあげたのだから、もちろん五十位内には入ったよね?」  揶揄うように笑って愛花を見ると、彼女は冗談じゃない、とでも言うように怒り顔を作った。 「馬鹿言わないでよ! あたしはレイちゃんじゃないんだから、そんなすぐに頭が良くならないよ! それに、レイちゃんが居なくなったすぐ後だったから、身が入らなくて全然だめだった…」 「そう、だめだったの…」 「ちょっとぉ、そんな不憫そうな目で見ないでよ」  あたしもすぐに死んだんだし、テスト結果なんてどうでもいいよ…と、愛花が口を尖らせてブツブツ文句を垂れていると、キーン、コーン…、とチャイムが鳴った。 「……レイちゃんが死んじゃったあと、あたし、とってもつらかったよ」 「突然いなくなって、ごめんね」 「だめ、許さない。あたしが一番、レイちゃんの死を悲しんでたよ。いっぱい泣いたよ、自分を責めたよ。でも、私のせいでレイちゃんが死んだなんて認めたくなくて、代わりに周りの人達を恨んだよ」  愛花の目から、次々と止まることなく涙が流れ落ちていく。ハンカチは持っていたかな、と、スカートのポケットに手を入れると、ちゃんとハンカチが入っていた。 「これで涙を拭いて」  愛花は素直にハンカチを受け取ると、ずびずびと鼻を啜りながら涙を拭って、その後に遠慮なく鼻をかんでいた。 「…アイちゃん…」 「は! ごめん、ハンカチ洗って返…せるのかな?」  私が首を傾げると、愛花が悪戯っ子のような仕草で肩をすくめた。私は呆れたように笑ってみせる。  愛花も転生したということは、向こうの世界で死んだということ。そして、彼女の言動から自ら死を選んだんだ。それほど、彼女は追い詰められた。彼女は何も悪くないのに、彼女の世界は彼女を責めた。それはどれほど恐ろしくて、息苦しい世界だったろう。 「……神様が、本当はあの事故で死ぬのはあたしだったんだって教えてくれたの」 「神様?」 「うん、何か『ワタプリ』の世界に招待するとかなんとか言って…レイちゃんは会わなかった? 転生する前に」 「いいえ?」  私たちは顔を見合わせた。 「おかしいと思ったの! レイちゃんも転生してるって、ひと言も教えてくれなかったし! あの人…いや、神様、相当テキトーな仕事してるよっ」 「そもそも、なぜ私は転生したのか…」  神様の存在なんて知らなかった。憤る愛花を前に、私は真剣な顔で考え込んでいると、突然、セピア色の景色が花びらのようにヒラヒラと舞い上がり、そして、そこには幻想的な花畑が現れた。私たちはいつの間にか、嶺羅と愛花から、レイラとキャロラインになっていた。 「あ、ここって…!」  キャロラインはここがどこか知っているようだ。 「…酷い言われようだな」  そう、不機嫌そうな言葉と共に現れたのは、男性か女性か見分けがつかない中性的な顔立ちをした、美しい人だった。黄金色の長髪を靡かせて、私たちの前に立つ。瞳は宇宙のような幾つもの光が煌めく不思議な色をしていて、その表情は無機質。まるで人間を模ってみただけの人形のようだ。 「誰なの…?」 「私は神だ」 「…アイちゃん、あの人大丈夫?」 「いや、それが、マジの、本物の神様なんだって」  あまりに堂々と『神だ』と宣言してくるから、私は思わず引いてしまった。 「本当に君たちは…失礼な娘だな。せっかく私が作った世界に招待してやったと言うのに」  無表情な人形かと思ったが、感情はあるようで不機嫌そうだ。
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