肆 二人の転生者

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「貴方が作った世界?」 「そうだ、レイラ・シュテルンベルク、そしてキャロライン・ハーパー。君たちは私の作った世界の住人の一人だ」  神様は、心なしか自信あり気な表情だ。 「さて、そんな君たちは、あちらの世界に引き続き、またもや私の世界で死んだ訳だが…」 「えっ、あたしたち死んでるの?」 「溺死かしら?」  神様の言葉に私たちが驚いていると、「全身打撲だ。あの高度から飛び降りれば着水時の衝撃で死ぬ」と呆れたように言われた。 「何だか、私のせいで拗れたみたいだな? だから、今回だけ二人を生き返らせてやろうと思ってな…」 「あら、神様も反省するのね? でも生き返ったところで、全身打撲でぐちゃぐちゃの体は嫌よ、痛そうだし」 「痛いどころじゃないんじゃないかなぁ?」  私とキャロラインが威圧的に神様に笑いかけると、「…怪我も治しておいてやる」と、根負けしたのか小声で呟いていた。 「ねぇ、神様」  キャロラインが神様に何やら尋ねていた。 「神様は、他の世界も作れるの?」 「あぁ、作れるぞ」  じゃあ、と、手を叩いてキャロラインは笑顔で言った。 「私は生き返らなくていい! 『ワタプリ』の、ゲームの世界に行きたい!」 「アイちゃん?」  キャロラインの申し出に、私は目を丸くした。 「ゲームの…すると、アイカは、永遠にその世界を繰り返すことになるのだが」 「うん、構わない!」  神様の言葉に即答するキャロライン。私は「待って!」と慌てて彼女の肩を掴んだ。 「一緒に帰ろうよ?」 「ううん、あたしは帰らない」  私は、当然のようにキャロラインと二人でみんなの待つ世界に帰るつもりだったのだ。 「なぜ? 今度は私が側にいるわ、した事は取り消せないけど、でも、未来は変えられる。また一から頑張ろう? 次は絶対に、アイちゃんの手を離したりなんてしないから」  私は切実に訴えた。キャロラインはそんな私を見て、優しい目で微笑むと「レイちゃん、あのね」と、話を切り出す。 「あたし、転生した時、あたしがヒロインなんだ! って、喜んでた。あたしの中のヒロインは、ずっとレイちゃんだった。だから、今度はあたしがヒロインになって幸せになれるんだって、それに、ヒロインだから何でも許されると思っていたし、実際、つい最近まで順風満帆な人生だったし、満足してた。でも、レイちゃんも転生してたって知ってから、何とかヒロインを保とうと、ストーリーを補正しようと頑張っても、前世の愛花が頭にチラついて、ヒロインになりきれなくなってきてた。そして結果的に、あたしは理想とする『幸せ』を実現するため、なりふり構わず暴走してレイちゃんに絶交されるわけで…」  キャロラインの言葉の最後の方では、私も彼女と同じように苦い顔をした。 「あたし、神代愛花に何の未練もないことに気付いたの」 「………」  私が、彼女にかけられる言葉はあるのだろうか? 「だから、神様。あたしをゲームの、ただ幸せな女の子になれる世界に連れて行って」 「…いいだろう。それでアイカがいいのなら」  神様は空中に手を翳すと、人ひとりが通れるくらいの光の穴が出現した。 「言っておくが、ループを続ける世界は世界の理から外れる。この光の先へ行けば、アイカの存在は消えるがいいのか?」 「…あたしが消える…レイちゃんにも忘れられるってこと?」 「あぁ、神である私にすら忘れられる」  キャロラインは少し躊躇うような表情を浮かべた。私は「そんな…」と、小さな悲鳴をあげる。 「…うん、いい、あたし、消えてもいい。だって、レイちゃんのこといっぱい傷付けちゃったから、そんなあたしのこと、忘れて貰いたいし」  違うだろう、そうじゃないだろう。貴女の存在そのものを忘れてしまうのだ、前世の神代愛花ごと、キャロラインのことを忘れてしまうのだ。 「レイちゃん、あたしね、レイちゃんにとってあたしがどんな存在だったのかは分からないけど、あたしにとってのレイちゃんは、光で、憧れで、とても大好きな人だった…親友だと思ってるよ」  キャロラインの言葉に抑えられずに「ふ…ぅ…」と引き攣った声と共に涙が溢れ落ちていく。 「私にとってのアイちゃんは、決められた人生の中に楽しみを教えてくれた彩りのような人だった、どんな人とでも穏やかに接していける強い女の子だった、私の大切な自慢の親友だよ…これからだって変わらない!」  驚いたような表情を浮かべたキャロラインは、その後に笑って、少し照れたように肩をすくめた。 「…そっか! レイちゃんの人生の彩りになれたなら、あたしの人生も無駄じゃなかったかも!」 「お願い、行かないで…」  涙が止めどなく流れ落ちていく。震える手で、キャロラインのドレスを、縋るように掴んだ。キャロラインは優しく私の手を包み込んで、そして手を繋いだ。その手は温かい、温かいのだ、キャロラインは、まだここにいる。 「…ごめんね、レイちゃん。その代わり、あたしがレイちゃんとの思い出を忘れないから! レイちゃん、幸せになってね。あたし、レイちゃんのことは大好き! でも、それ以外の人や世界の全部…何よりも神代愛花が大嫌いで許せないんだっ」  キャロラインが私の手を振り払う。 「レイちゃん、今まで、いっぱいごめんね」  そして、光の穴を潜りながら、その手で小さく手を振った。彼女は笑顔だった。 「——ばいばい」
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