肆 二人の転生者

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  ✳︎ 「……っ…」  花畑に残された私は、声を押し殺して泣いた。神様は何も言わずに、ただそこに存在していて、私が泣き止むのを静かに待っていた——。 「——今から八十三年後、レイラを失い放浪の魔術師となった君の婚約者が全人生をかけて完成させた破壊魔法によって、世界が滅亡するんだ」 「えっ……」  涙も落ち着いてきた頃、神様に聞かされた、私の死後、その世界が辿る未来の悲惨さの、あまりのスケールの大きさに、私は絶句した。 「ザッくんが…本当ですか?」 「あぁ、大マジだ」  神様は大真面目な顔で大きく頷いた。 「なぜ、未来が分かるのですか?」 「私は神だぞ、未来くらい分かる」 「…未来が分かるなら、アイちゃんのことだって、止めてあげられた筈では?」  この世界に呼んだ責任を、神様は持つべきだと思う。ずん、と重くなる心に私は眉を顰めて俯いた。 「君に説明しても無駄なのだが、『未来』とは、幾重にも分岐していて必ずしも一つではない。私も神ではあるが、君たちの選択でどの未来に進むのか直前にしか分からない。あくまでも、可能性のある未来を知ることしか出来ないのだ」  私は力無く笑って頷いた。分かっているのだ、これはただの八つ当たりだと。 「もちろん未来の可能性の中に、君とアイカが親友になる未来もあった」  私は思わず顔をあげた。神様は無表情に、そして無機質な瞳で私をジッと見つめている。 「その場合、君がザカライアと婚約を結ぶことは無いが、な」  すぐに絶望感が私の心を支配した。二つにひとつ、どちらかと歩む未来しか、私の選択できる未来は無かったのね…生まれた時に与えられたカードの中でしか、未来は選べなかった。とても、残酷だ…その事実を告げてくる、この目の前の神様も…。 「しかし、レイラが死んだ今となってはどんな未来の可能性が生まれようと、それは起こり得ない。『これからの未来』を視るにあたって、世界の住人たちがどのような選択をし未来を進んでいこうと、必ず一つの終焉に行き当たる、大賢者となったザカライアの手による世界の破滅だ」  神様は無表情の中にも少し呆れた様子を滲ませて続ける。 「どんな未来が選ばれようと、必ずその終焉に収束されるんだ。大した執念だよ、君の婚約者は」  私は「ふふっ」と声を出して笑い、「そうなのね。私の代わりにザッくんがこんな世界を壊してくれるなら、私はこのままここに居てもいいかもしれない」と自暴自棄に言うと、「馬鹿なことを言うな」と、神様は私を責めるような目で見てきた。 「君たちがどんな未来を選ぼうと、私はただ傍観するだけだが、私の世界を壊されるとなると、話が違う。だからこうして、レイラを生き返らせようとしているわけで…」  焦る様子を見せる神様に、私は片眉を上げて笑ってみせた。 「…とはいえ、私の愛する婚約者が、そんな寂しいお爺ちゃんになるのは見てられないし、世界が壊れる前に帰ってあげますか」 「ああ、そうしてくれ…」  ほっと安堵の息を吐く神様。 「この空間を出たら、私と会話したこの時間を忘れるし、君は『忘却』により本当にアイカと決別することになる、いいな?」 「…それが、アイちゃんの選んだ未来なら、私にはどうすることも出来ないわ」  最後に、前世の、神代愛花の姿を思い出した。 「アイカとの思い出という縁を持つ君が、アイカを忘れれば、神である私自身も忘れてしまうだろう。そして、アイカの存在は消える。そうなると、もう後戻りは出来ない」 「………」 「ではな、レイラ。君はあちらへ帰れ。もう会うことはないが、君との時間はなかなか楽しかった」 「…さようなら、アイちゃん。今度こそ幸せになってね…」  記憶の中で手を振る愛花に、私は別れを告げた。   ✳︎  私は、レイラ・シュテルンベルクに転生した。  前世でのあの日、『ワタプリ』をインストールして、アプリゲームの全く同じスタート画面を三人で見せ合って笑ったことを今でも鮮やかに覚えている。  ——私の大切な友人、エミとマリナは元気だろうか。  目を覚ますと、そこはシュテルンベルク侯爵邸の私の自室で、すぐ側にザカライアがいた。 「レイちゃん! 良かった…!」  彼は私の顔を覗き込んでは、大粒の涙を流していた。ジュディスたちが贈ってくれた指輪のおかげで、暗い湖の中でも、すぐに私を見つけることが出来たのだとザカライアは泣きながら語った。そんなザカライアに目を細めて微笑んだ私は言う。 「キスして?」  私は早く、この胸に広がる喪失感を埋めたくて、ザカライアを求めた。何を失ったのか分からない、でも、とても大切なものだったような…誰かが手を振る姿が頭を掠めて、すぐに儚く消えていった。
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