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一瞬固まるザカライアは私を見つめた後、そっと私の後頭部に手を差し込んできては前屈みに顔を近付けてきた。
私は黙ってザカライアを待つ。ザカライアの柔らかな唇と触れ合い、ちゅる、と赤い舌が私の中に入ってきた。温かな舌と絡み合って、私も応えるようにザカライアの頭を抱きしめた。
私から求めたキスは、いつの間にか呼吸する間もないほどにザカライアに激しく求められるものとなっていた。
「はぁ…っ」と唇が離れた隙に息を吸って、目の前のザカライアを見上げる。ザカライアは切なそうに、苦しそうに、甘くて溶けてしまいそうなほどの熱い視線で私だけを見つめて、激しく浅く呼吸するその姿が情欲的で。
「レイちゃん…愛してる」
デビュタント・パーティーの装いから、ラフなシャツ姿になっていたザカライアは、胸元のボタンを幾つか外しながら言う。
「私も、愛してるわ」
ザカライアの頭を抱いていた腕に、私の方へ引くように力を込めると、再び私たちは口付けを交わした。
次第に、興奮した様子のザカライアは、器用にも私のブラウスのボタンを一気に四つほど外してしまう。「えっ…?」と私が驚いている間に、ザカライアはブラウスを無理矢理に大きく開かせて、残りのボタンを飛ばしながら私の胸元のみと言わず上半身を露わにした。
「ざ、ザッくんっ? ちょっと待って…!?」
驚きから冷静になった私はつい待ったをかけるのだが、慌てる私の制止など効かずに、ザカライアの指が私の下着に掛けられる。このままでは、私の乳房がザカライアの目に晒されることになる。
「お願い、待って…!」
私の『お願い』に効果があったのか、ザカライアは動きを止めた。
「ザッくん、落ち着いて?」
火が出るほどに顔が熱い。恥ずかしさでどうにかなりそう、涙が出そうだ。そんな私をザカライアは、今まで見せたことのない肉食獣のような目で私を見下ろすと、ザカライアらしい甘い微笑みを、しかし色欲の悪魔のような愛欲に満ちた笑みを浮かべた。
つう…、と、ザカライアの長い人差し指が私のみぞおちからヘソまでを一直線になぞる。びくりと体を硬直させて「んっ…」と不可抗力に声を漏らす私に、ザカライアの紫の双眸はまた鋭く光った。
「待つって、いつまで…?」
人差し指はそのまま、次に私の腰を撫でて、一本の指から五本指の手のひら全体で太腿を撫でた。何故、私はブラウス一枚しか着用していないのか、とか、これではパンツが丸見えではないか、とか、ザカライアにこんな一面があったなんて、とか、色んな考えが頭を過るが処理できないでいた。
初めての経験で、私はもう対応しきれなかった。ザカライアの手は太腿を撫でながら上へと登ってくる。
「レイちゃんも、こんなに期待しているのに?」
小さく、くちゅ、と水音が聞こえて、私は遂に、緊張と恥ずかしさから涙がこぼれてしまった。
「はあ、かわいい、レイちゃんっ…」
私の涙を舐めとったザカライアは、我慢出来ない、といった表情で、もう一度私にキスをした。
「レイちゃんの全部、僕にちょうだいよ」
私、きっとこのまま、食べられてしまうのね。
「……あげる。私の全て、貴方に…」
その瞬間、ザカライアは妖しく笑って、私はそんな彼を喜びに震える身体で受け入れた。
✳︎
——ちゅん。
なんだ、この、コミックのような朝の始まり方は。
私は真っ赤な顔を両手で覆って、布団の中で悶えていた。
前世でいう『朝チュン』ではなかろうか? 人生二回目で初の朝チュンを経験した私は、ゆっくりと上体を起こすと、はらりと掛け布団が落ちて、私の生まれたままの姿が露わになる。
「っ!?」
私はすぐに掛け布団を手繰り寄せては身体を隠してから、あわあわと挙動不審な動きで慌てていた。
「ふふっ」
隣から笑い声が聞こえた。まさか、と思い青ざめる顔で隣を見れば、そこにはずっと起きていたと思われる、素晴らしい裸体を晒したザカライアが横たわっては微笑んで、私を見つめていた。
「っ、っ、っ!!」
声なんて出ない。代わりに鼻血が出そう…。
「おはよう、レイちゃん」
「おは、よう…」
しかし、今の今まで使用人が一切部屋に訪ねて来ないことにおかしいと気付く。私はすぐにその理由に思い当たった。私たち、侯爵家の使用人たちに気遣われている…。
私はガクッと項垂れて、熱くなる頭で考える。婚約者とはいえ、婚前交渉をしてしまった。一体、どんな顔をして皆の前に立てばいいんだ…。
「レイちゃん、抱きしめてもいい?」
「だめっ」
何を呑気な顔で言っているの!
「それよりも、その暴力的なまでに美しい身体を、早く服で隠すなりなんなりして貰いたいわ!」
「レイちゃんって…本当に僕のことが好きだよねぇ」
ニマニマと笑うザカライアに、私は枕を投げ付けた。
楽しそうに笑うザカライアを見て、唐突な質問を投げかけた。
「——ねぇ、もし、私が死んでいたらどうしていた?」
「全部壊す。レイちゃんの居ない世界なんて、要らないから」
ニコッと優しい微笑みを浮かべて、こちらに手を伸ばしてくるザカライア。
私は、何でこんな質問をしたんだろう? と、疑問に思ったが、目を閉じて、素直に婚約者の腕の中へと身を預けた。
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