終章 「    」

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終章 「    」

 季節は何度も通り過ぎていった。  今日、新たな王太子が戴冠した。  国民は新しい未来の王とその伴侶を祝福して、一ヶ月にも渡る祝いの祭りを国中で開催した。 「ユリアンが張り切っちゃってね、今から男の子と女の子用の子供部屋を作ろうって、毎日言ってくるのよ」  新王太子殿下の戴冠パーティーで、私は妊娠五ヶ月目のオリヴィアと会談していた。  あれから、諦めの悪い男エイデンと、私の魔塔商会の第二事業部である魔法薬部門、そして、精霊国にあるルカの研究チーム——チームリーダーは、ゲイルだった——の合同で不妊治療薬の開発に成功した。  エイデンは願掛けに毎日素振りを一万回振っていた、むしろ彼は、雨の日も雪の日も嵐の日もこれだけを貫いてやり抜いた。この執念が、結果的に良い結果をもたらしたのかもしれない。魔術師や薬草研究員たちが鬼気迫るエイデンを見て、出来ないと言える雰囲気ではなく、彼らの辞書から『諦める』という単語を強制排除することに成功したからだ。  ただし、本番は治療薬が完成してからだった。薬に即効性はなく辛抱強く治療していく必要がある。本当に効果はあるのか? この配合で間違いないのか? その疑念と私たちは闘いながら信念を貫き通し、やっと、オリヴィアの妊娠が分かってからは、皆で歓喜したものだ。  不妊治療薬の開発費には、モーガン公爵家の支援金が大きな割合を占めていた。娘に会いに行けないのか、長いこと顔を合わせていないと以前オリヴィアに聞いていたので不器用な両親だな、と、思ったが、オリヴィアにはしっかりと両親の愛情は伝わっているようで、生まれたら、孫を見せにいくのだと言っていた。 「ヴィア義姉様、お腹が大きくなりましたね」  私がそう言うと、オリヴィアは愛おしそうな表情で膨らんだお腹を撫でた。 「どのような子が生まれるか、楽しみですね」 「きっと…私の髪が好きなはずよ。噛み癖がある子だから、綺麗に髪を伸ばしておいてあげないと」  オリヴィアの確信したような物言いに私が小首を傾げていると、オリヴィアが前を向いて「あら」と嬉しそうに声を漏らした。 「エディたちが戻ってきたわ」  見ると、向こうからザカライアと共にこちらへやって来るエイデンの姿があった。 「ヴィア! 立ち上がってはだめだ!」 「…もう安定期に入ってますので、そんなに心配しなくとも大丈夫よ」  呆れつつも嬉しそうに微笑むオリヴィアが言った。  私は笑ってエイデンに「ザッくんに父親の心構えでも聞いておいたら?」と助言した。エイデンは真顔で「そうだな、とても大事なことだ」と答え、「頼む、今度、父親の心構えを師事してくれ!」とザカライアに言った。 「師事は嫌だよ、普通に教えるから…」  ザカライアは心底嫌な顔をして、腕に抱いていた子どもを私に預けてきた。 「僕より、レイちゃんがいいんだって…」  寂しげに肩を落としてザカライアが言った。 「母さま! ルカ叔父さま、とても格好良かったです!」  私の髪色を引き継いで、ザカライアの瞳の色を引き継いだ私とザカライアの息子だ。顔立ちはザカライアに良く似ていて、将来は絶対に美男になるだろう。しかし、性格は周りが言うには私に似ているらしい。もう一人、息子の下に娘がいるのだが、まだ小さいので今日はシュテルンベルク領地で乳母のマシューとお留守番だ。 「そう、ルカにちゃんと挨拶出来た?」 「はい、僕は父さまと母さまの息子ですから、ちゃんと挨拶出来ましたよ」  そう言ってから、息子はエイデンに顔を向けた。 「エディ伯父さま、子どもとの接し方でしたら、僕が師事してあげましょうか?」  …うん、確かに、私に似ているかもしれない。 「はぁ、全くさぁ…」  そのまま、五人で過ごしていたら、疲れ切ったリュカがやって来た。 「ルカ、もう挨拶は終えたのか?」  エイデンの質問に、リュカはうんざりした表情で半目になっていた。 「うん、やっと終わったよ」 「ルカ叔父さま、とても素敵です」 「本当に? 君にそう言って貰えるなら、パーティーを開催した甲斐があったよ」  柔らかな、少しデレっとした顔でリュカが息子の頭を撫でた。息子は嬉しそうに笑って、そして恥ずかしそうにしていた。 「それにしても、聞いた時は驚いたわ」  私がそう言うと、リュカはまた表情を暗くさせて「そうだよねぇ」と、力の抜けるような声で言った。 「僕自身、まさか自分にこんな未来が待ち受けているとは思わなかったよ」  そして、内緒話をするような小声で「僕は騙されたんだ」と続けた。 「誰に騙されたの?」 「うわっ、シア!」  ひょこっと、リュカの後ろから顔を出したグレイシア。 「…君にだよ、こんなことになるなんて、シアは一言も言わなかったじゃない」  リュカがグレイシアに咎めるような目を向けるが、彼女は気にした様子もなく。 「だって、レオンハーツお兄様が王位継承権を放棄して、国のために北部全域を統一すると公言したのだから、仕方ないじゃない」 「そうだぞ、ルカ…いや、未来の王配殿下。王族と婚姻するということは、そういった可能性があるものだ」  グレイシアに続いて、エイデンが説教臭く言った。 「ちょっと、エディ兄さん、言い直さないでよね」  リュカは拗ねたような表情で口を尖らせた。しかし、レオンハーツが王位継承権を放棄した今、グレイシアが未来の王に即位することは、絶対に確定した未来なわけで。 「僕は研究に忙しいっていうのに…はぁ、こんなことなら、シアにプロポーズするんじゃなかった…」 「先生、それ本気で言ってる?」  グレイシア、出会った当初の気弱な姿はどこへやら…強く、逞しくなったな。グレイシアに睨まれて顔を覗き込まれたリュカは「うっ」と、少し顔を赤らめて目を逸らす。 「…嘘だよ。どんな君でも一緒に居たいと思っていたし、結局僕は、シアにプロポーズしたと思う」  すると、グレイシアの顔が真っ赤に染まった。恥ずかしがり屋は変わってないみたい。 「ルカ、シアちゃん」  息子を再びザカライアに預けて、私が二人に声をかけると、二人は笑顔でこちらに顔を向けた。 「未来のグレイシア女王陛下、リュカ王殿下、この度は誠におめでとうございます。シュテルンベルク小侯爵、レイラ・シュテルンベルクが、お二人に心からのお祝いと共に親愛を込めて、忠誠の誓いを申し上げます」  私は胸を張って、臣下の礼をとった。   ✳︎ 「——おお、」  そこに、一人の神がいた。今、新しい未来の可能性を視たようだ。 「そうか…そういう未来になる可能性もあるのか」  神は楽しそうに笑って、満足そうな顔で目を閉じる。 「レイラめ、またこんな面白い未来の可能性を…ふふ、まったく…」  それがどんな未来の可能性だったのかは、神のみぞ知る——。 ——fin——  これにて本編完結です。  最後までお付き合い頂き有難うございました。  リラ
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