弍 転生しました

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 私は足を止めて、振り返った。 「っ、伯爵っ——!」  あまりの発言に、公爵は言葉が続かないほど唖然としているようだ。伯爵も、公爵に非難めいた声色で呼ばれた事によりやっと、自身の思わず漏れ出てしまったのであろう独り言の声量が大きかったと気付いた。しまった、と言った表情で慌てて口を抑えている。 「…『商人崩れ』というのは、我がシュテルンベルク侯爵家のことを仰っているのですか?」  六歳児からの問い掛けに、何も怖くないとでも言いたげにニヤリと笑ってみせるルフルス伯爵。私は静かに口を開いた。 「伯爵もご存知の通り、この国の食糧自給率は五三パーセントであり不足分は全て他国からの輸入品です。では、その輸入品はどうやって国へ運ばれてくるのか? それは、伯爵には簡単すぎる質問ですよね。そうです、伯爵が管理を任されている港の船たちが運んできてくれます。ヴァンヘルシュタイン公爵家が持つ、この国の大きな交易路のひとつ、海路。そして、商人崩れだとたった今伯爵が侮辱した我がシュテルンベルク侯爵の持つ、陸路…」  私が何を言いたいのか、ルフルス伯爵は計りかねているようだ。訝しむ目を向けてくる。 「海路と陸路では危険度が違います。海路は確かに多くの荷を運び込みますが、天の顔色ひとつで船は沈みそれによって多くの商人が破産してきました。そんな海路の不足を補うため、侯爵家の祖先は何代もかけて山を拓き、荒地を整えて道を敷きました。大きく安定した交易路として陸路を開通させ、その功績を認められて侯爵位を授かりました」 「だから何が言いたい、小娘。元は商人だった祖先が苦労して手にした爵位だからと言って、私に発言の取消しを要求しているのかね?」  息子と同じ意地汚い笑みで私を見る伯爵に、私は、はぁ、と呆れたといった様子で息をついて見せた。すると、怒りを露わに顔を赤く染める。反応までも、息子と同じ…。 「いいえ、取消しなど要求しません。お伝えしたいことはひとつ、ルフルス伯爵の領地に出入りする陸路経由の商人を制限しても良いのですよ?」 「っなぁ!?」  一度に膨大な物資を運び入れることが利点の海路であっても、安定的でないことから陸路の存在は不可欠だ。陸路無くして、これまでのように豊かな生活はままならないだろう。ルフルス領地に向かう予定の商人を全てシュテルンベルク領地にてシャットアウトしてしまえばいいのだ。ルフルス伯爵は開いた口が塞がらないらしく、暫く間抜けな顔で固まっていた。少し経ち復活した伯爵が大声で喚く。 「小娘風情が! 何を分かったような口を聞いている! シュテルンベルク侯爵、貴方は類稀な商才はあっても、子育ての才はなかったようですな!」  伯爵は私から父に攻撃対象を移したようだ。普段温厚と評判の父相手なら、言い負かすことが出来るとでも思ったのだろうか。父は政治の場にあまり顔を出さないものね、侮られているのでしょう。——伯爵って馬鹿なのかしら、父は伯爵の言う『類稀な商才を持った商人』なのに。口が武器の父に、本気で勝てると思ったの? 「…ルフルス伯爵、そういえば公式以外の場でこうして顔を合わせるのは初めてでしたね」  父は閉ざしたままの重たい口を開いたかと思えばそんな事を言った。伯爵は「はあ?」と馬鹿にした目で父を見ている。父は次に公爵に目を向けると、人好きのする笑顔を浮かべて独り言のように言った。 「私の娘、レイラは親の欲目を抜きにしても頭の良い子でしてね…実は絵本の代わりに、領地の報告書を読むような子なのです」 「う、うむ…」  父に話を振られた公爵は、話の要領が掴めない様子であったが相槌を打った。 「特に我が領地を通過していく商人の動きを追うことが好きらしくて、その頁で何度も質問されるほどです」  父はそこで言葉を切って、もう六歳だというのにまだ幼児のように私を軽々と抱き抱える。 「そこであることに気付き、気になる点がありまして…本日、茶会の招待を受けわざわざ王都まで出向いたのは、公爵に会うためでした」 「…そうだな。忙しい身の侯爵に、今回、参加して貰い公爵家としても嬉しい限りだ」  父は頷いた。伯爵は焦ったそうな表情で「何が言いたいのだ!」と叫んでいた。 「ルフルス伯爵領地へ向かう商人の数が毎年安定しているのです。そればかりか、近年僅かながらに増加傾向にあります」 「それの何が気にかかると言うのだ!」  公爵が何かを答える前に、伯爵が食ってかかるように叫んだ。父は伯爵を無視し、公爵のみに目を向けて話を続ける。 「さらに、通行証の発行記録を元に商人のルートを辿れば、最終的にルフルス伯爵領入りをしている商人が多いのです」 「ジルヴィウス・シュテルンベルク!」  伯爵の怒鳴り声に、父はやっと彼に冷たい目を向けた。 「商人のルートを嗅ぎ回って何がしたい! 私を貶めるための罠か何かか!? 我が領地には多くの領民がいるのだ! 物を買うのは当たり前だろう! シュテルンベルクは陸路と関税を使って国へ脅しをかけているのか! 公爵様、これは反逆行為に違いありません! シュテルンベルクは職権濫用し、国を乗っ取ろうとしている!」  ここまで一気に言い切って、伯爵は忙しなく呼吸を繰り返した。静かな茶会に伯爵の荒い息だけが響く。 「——ルフルス伯爵、言いたいことはそれだけか?」  伯爵の息が整ってきたところで、父の冷たい声が静寂を破った。
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