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 ミスジョンソンが肩をすくめた。 「まったく、何をいきなりおっしゃるかと思えば。エドワード坊っちゃまは小さい頃から探偵ごっこがずいぶんとお好きでしたものね」  かつての、幼い頃の呼び名でエドワードを呼べば彼が静かに顔を赤らめた。 「僕の勘違いだというのか」  信じられないと言わんばかりの顔でうろたえる青年に、彼女はうなずく。 「もちろんですよ。このロケットの女性は、かつて駆け落ちされた伯爵家のご令嬢本人です。奥さまが数年間この孤児院で暮らしていたこと、その時に慰問に訪れた少年時代の旦那さまと運命的な恋に落ちたこと。そしてロケットが決めてとなって、出奔した一人娘の忘れ形見を探していた伯爵さま――前当主さま――に引き取られたこと。いずれも有名な話だったと思うのですが」 「確かにそれは僕も知っている。しかし、ならば父はなぜ母を伴わずにこちらへと足を運んでいたのだ。母だって、あなたのことを親友と呼びながら、晩年はあなたに謝罪の言葉を口にするばかりだった。何より僕は、この目で見たのだ。母があなたに申し訳ないと、今からでも自分の居場所をあなたに譲るべきだと泣き崩れる姿を……」  あれが幻だったとは思えない。それに目の前の彼女が自分の母なのだとしたら、父が繰り返しこの孤児院に足を運び、本来ならば考えられないくらいの援助を行う理由にもなる。あるいはそれは、父なりの慰謝料もしくは口止め料だったのではないか。 「奥さまにとっては、この孤児院は懐かしい場所であると同時に、自ら語ることは望ましくない場所でもありました。たとえ、周知の事実であってもです。この孤児院にお越しにならなかったのもそれが理由ではないかと」  高貴な女性が孤児院にいたなど、社交界で格好の話題にされるだけ。自分を守るために、「親友」と呼んだはずの相手をも切り捨てた。そう見える母の行動は、母自身を苛んだのかもしれない。それは、エドワードにも理解できる話だった。 「本当にこの女性はあなたではないのか。こんなに似ているのに?」 「こんな高貴な女性に似ていると言われると嬉しいものですね。ええ、安心してください。この女性は、私ではありませんよ」  ミスジョンソンの言葉は、いつも通りに優しいまま。ならば自分はどうすればよかったというのか。エドワードは、拳を握りしめる。 「父とは何もなかったのか……」 「エドワードさまのお父上は、妾もとらずお母上を最後まで大事にされた。それがすべてでございます。さあ、お茶でも召し上がってくださいませ。伯爵家の高級な茶葉には敵いませんが、リラックス効果のあるハーブティーです。気持ちが落ち着きますよ」  動揺する青年に、彼女はお茶を勧めた。
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