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「そういうことであれば、これはあなたにお渡ししよう」 「まあ、よろしいのですか」 「母も父もあなたに渡したがっていたのだから、僕が口を出して良いことでは本来なかったのだ」  青年は、寂しいようなわずかにほっとしたような、なんとも言えぬ苦い笑みをみせる。そこでようやく自身の思い込みゆえに彼女を傷つけていたことに気がつくと、深々と頭を下げた。 「誤解ゆえに、あなたに対して長年失礼な態度をとってしまった。どうか許していただきたい」 「いいえこちらこそ、繊細な少年だった頃のエドワード坊っちゃまを傷つけてしまったことを申し訳なく思っています」 「……エドワード坊っちゃまか」  ミスジョンソンは、エドワードの不満を感じ取ったらしい。慌てて、しかし満面の笑顔は隠さぬまま、懐かしむように目を細める。 「まあ、申し訳ありません。いくつになられても、私の中のエドワードさまは可愛らしい少年のまま。今のハンサムで素敵な紳士を目の前にすると、何だかとても不思議な気持ちになります」  それはあくまで大人である彼女が、子どもである彼に見せた配慮。その優しさを嬉しく思うと同時に、結局はいまだ子どもとして見られている事実に彼は密かに唇を噛んだ。  ミスジョンソンに、エドワードの想いは欠片も伝わっていない。この数年間、彼がどんな想いで彼女のことを考えていたかなんて、ミスジョンソンにはこれっぽっちも関係ないのだ。 「そのままお持ち帰りになってもよいのですよ。お母さまの形見になるのですから、誰もお咎めにはならないでしょう」 「いいや、あるべきものをあるべき場所に、だ。それでは、本日はこれで失礼する」 「まあまあ、そんなに急がれなくても。お茶はまだお代わりがございますよ」 「結構だ。興味深い話を聞かせていただいた。礼を言う。近いうちにまた」  自分の彼女に対する態度は、酷いものだった。これからやり直せるだろうか。本当はあなたが好きだったのだと、どう言えば彼女に信じてもらえるだろうか。  ああ、自分が彼女の親友の息子という事実以外で、何か使えるものがありさえすれば。それがたとえ、()()()()()()()()()()()()()()()()()、そばにいるためには利用してみせるのに。  エドワードは、自身が大きな切り札を手の内に持っていることを知らないまま、ミスジョンソンへの恋情を募らせる。 「ミスジョンソン。いつかあなたのことをロージー嬢、いいやロージーと呼ばせていただく。それまでは僕のことをエドワード坊っちゃまだろうが、なんだろうが、好きに呼ぶといい」  手に入るはずがないと諦めていた愛しいひと。それが何の因果か、指を伸ばせば捕まえられる距離にいる。落ちてきた天使を、誰が馬鹿正直に天へとかえしてやるものか。エドワードの呟きは、彼女に届くことはないまま風にさらわれていった。
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