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「あ、気がついている。どうも。お邪魔します。心療内科クリニックの、じゃなくて。通りすがりの泥棒です。いやー、気がついて良かった良かった」
それは片手に白いコンビニの袋を下げた、青いジャケットが目にも鮮やかなサラリーマン風の服装をした細身の男だった。
「泥棒っ!? 警察呼びますよっ!」
私は思わず身構えるが、泥棒と名乗る男は室内の様子も気にする事もなく、ずかずかと部屋に侵入してきた。
「ん? 警察呼ばないでってあなた自身がスマホにメモを残していたはずですが、見ませんでした?」
「!」
「まぁまぁ、僕はただの怪しい泥棒です。のど乾いてませんか? あなたが好きな三ツ矢サイダー買って来ました。あ、鍵と財布を返しますね」
と、ぽいっと私に向けて財布と鍵を投げて寄越した。
私は放物線描いて飛んできた二つを見事にキャッチした。
財布は使い込まれたヴィトンのモノグラム。
間違いなく私の財布。
鍵も私のイニシャル『M』と──『Y』のキーホルダーがあって。
この鍵は確かに私の物だったが『Y』には心当たりが無かった。
「大丈夫ですよ。僕は泥棒でも『ヤツはとんでもないものを盗んで行きました。それはあなたの心です』系の、いい泥棒です」
そんな事を言いつつ、自称泥棒男は目の前に座った。そしてコンビニの袋からガサガサと袋からサイダーを取り出して私にちらつかせた。
確かに私はサイダーが好きだった。
「いい泥棒とか、そういう事じゃなくて!」
「え? その『Y』の存在とか。この状況を今から説明しますが、聞きたくありませんか?」
泥棒はニヤリと笑って私の前にサイダーを差し出した。
よく冷えた透明のボトルには透明な雫が張り付き、とても美味しそうだった。
それに何故か長い間飲んでいない気がする。
久々に飲みたいと思って。
私はゆっくりとサイダーに手を伸ばしたのだった。
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