ヤツはなんでもないものを盗んでいきました

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泥棒の話しによると。 私は二ヶ月前に仕事でミスをして。 盛大に落ち込んでいたそうだ。 そこに同僚のYに慰められ、あっという間にズブズブの関係になり、一ヶ月も過ぎる頃には私は仕事にも行かなくなりこの家でYの言いなりになっていたそうだ。 にわかには信じられなかった。 私は真面目なタイプで、周りからもそのような評価を得ていたと言うのに。 しかし泥棒は。 「あはは。Mさんみたいな真面目で芯の強い女性が一度ポッキリ折れると弱いものです。そこにYはするりと、弱った心に入り込んで支配しちゃったんですよね」 「支配……」 「始めは純粋な慰めだったと思うのですが、Yは強い女性を自分の庇護下に置く事が、いつしか快感になったんでしょうね。それはいつの間にか支配になって。ま、細やかな事は端折りますが。そんな感じで立派なDV男になったんですよ」 そう泥棒から聞いた途端、痛くも無かった痣達が一斉にずぐんと鈍痛を感じて、そっと自分の体を抱きしめながら。 「そ、そんな事を言われても信じられません。だってそんな記憶は」 「そんな記憶は無いですよね。当然だ。だって僕がここ二ヶ月の記憶をぶっこ抜いた──いや、苦しみの記憶を盗んだから、仕方ありませんよ」 「!」 「いやね、DVが徐々に苛烈なものになり。流石に貴女は命の危機を感じて外に助けを求めたんですよね。それが記憶泥棒として活動する僕だった」 「…………」 そう言われても。 私は半信半疑だった。 喉が乾いて。 随分温くなったサイダーを喉に流し込んだ。 それでもサイダーは喉でぱちんぱちんと、私の内側を刺激してきたのだった。
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