ヤツはなんでもないものを盗んでいきました

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「で、気がつくのはいつかわからないから。僕もずっと側にいれる訳じゃないからね。ちょっとがあって。一度外に行った。その間に勝手に警察を呼んだら面倒だから──」 メモを書いて貰った感じかな。 まま、時間稼ぎだよ。と、泥棒はそう言ってまた、パタンとクローゼットを閉じた。 「……泥棒は泥棒でも、本当に記憶泥棒だったんですね」 私はそう言うのに精一杯だった。 いまだに記憶は蘇って来ないが先程の縛られた男の人には何故か心がざわつく何かを感じた。 「これで、だいたい理解出来たかな? そこで最終確認なんだけどさ」 「はい」 「記憶、返して欲しい?」 「え」 「記憶を盗る前のあなたからは了承を得た。そして記憶を盗ったあなたからも了承を得ないと。心が納得しないと。いつか(ひずみ)が生まれちゃうんだよね」 「そんな事が出来るんですか?」 「企業秘密。と、言いたいところだけど。ようは暗示だよ。概ねはね。で、クズ男の記憶なんか思い出してもいい事ないから、このままでいいよね?」 泥棒はうーんと、仕事はこれで終わりと言った具合に背伸びをした。 私は──記憶を。 一瞬迷った後。 「私は記憶を返して欲しいです」 そうキッパリ言うと。 泥棒の動きがピタリと止まった。 「その、命を救って頂いた事には感謝しています。きっとこの話しも嘘なんかじゃないと思います」 私はそっと腕の痣に手を置いてゆっくりと喋り続ける。 「でも、記憶がないのは不安です。それに全部を知った今の私なら。次こそは共依存なんかにならずに正しい道を歩めるんじゃないかと思います」 そもそも、仕事をミスした私が悪い。 私がミスをしなかったらこんな事にはならないはずだったのでは。 そう思わずにはいられなかった。 それに、記憶がないのは気持悪いと思った。 だから。 「ちゃんとやり直したいです。記憶を返して下さい。すみません」 私がそう言うと。 泥棒は、深い溜め息をついて。一言。 本当に恋心と真面目は厄介だと苦笑した。
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