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泥棒はそう小さく笑ったあと。
「分かった。本人の望みなら返すのが僕の信条だからね。返すよ。でも、君の為に返さない物が一つある」
それは? と、尋ねる前に泥棒はニヤッと笑って。
「恋心だよ」
「恋心」
「そ、恋心があるから君は暴力を許し続けた。このまま返すと君は本当に死んじゃうかもしれないからね。それは避けたい」
ニコニコと笑う泥棒に私は何でと、問うと。
意味深に。
「僕は女性の見る夢が好きだから、かな。男はどーでもいいんだよ。ま、そんな事だから恋心は返さない。それ以外は全て返す。それでいいかい?」
「……でも、恋心を返して貰えなかったら、
どうなるんでしょうか……」
「そんなの。クズ男を殺すんじゃない? 暴力振るわれて。生活を管理されて。それでも許せたのは『好き』だったから。それがないんだったら、普通はやり返すと思うなぁ」
そんな物騒な事をしれっと泥棒は言って。
さらに、コンビニの袋からゴソゴソと。
包丁を机の上に出した。
「!」
「あ、必要になるかもと思って先に買ってたんだ。よかったら使って。よし、じゃ。記憶を返すよ」
泥棒は首をコキコキ鳴らして。
私に近寄ってきた。
「え。ちょっと待っ」
その瞬間、ぞっとするような泥棒の冷たい手が私の視界をすっと塞いで。
「待たない」
その言葉を耳元で聞いた途端。
私の意識がぱちんと、サイダーの泡のように弾けて──途絶えた。
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