1.買われた少年

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「アトリというんだな、お前の番だ」  肩を押され、広場にある木製の陳列台の一段高いところに立たされる。 「金髪に、珍しい黄金の瞳だ。性格は従順、まだ若いから昼は掃除をさせて夜は旦那様のお相手もこなせる。お買い得だよ」  奴隷商人が言った特徴が書かれた板を首から吊し、アトリは俯く。目の前にいる群衆から浴びせられるのは、好奇に満ちた遠慮のない視線ばかりだ。 「文字は読めるのかね? 夜の相手というが、仕込まれているのかい?」 「いや、もとは農奴だったので、文字は読めない。男どもがこいつを毎晩犯して秩序を乱すもんで、困った持ち主が売り払ったんだ。あそこの具合は保証するよ」  観客がざわめく。「まぁ、いやだ」という女の声に、揶揄するように口笛を吹く男。  アトリはキュッと唇を引き結び、記憶を辿る。同じ農場で働く男達に犯されたのは、一週間前が初めてだった。  雑魚寝しているとき、数人がかりで犯されたのだ。怖くて痛くて、泣きわめいたが、同じ農場の奴隷たちは助けてくれなかった。  そんな夜が三日続き、男たちのようすがおかしいと気づいた監督の差配人が、ことの真相を突き止めた。アトリがいては統制が取れないと判断し、奴隷として売り払い、厄介払いしたのだ。  次は、どんな主人に仕えることになるのだろう。男専門の娼館に売られるかもしれない。そうなったら、この前のような怖い目に毎晩遭うのだ。腰布一枚しか身につけていない体が、小刻みに震えてくる。 「震えているぞ。変な病気じゃないだろうな」 「とんでもない。健康そのものですよ。……おい、シャンとしろ!」  背中を激しく叩かれ、痛みに顔が歪む。農場での扱いも牛や馬並みだと思ったが、この奴隷商人はもっと酷い。そう思っていると、低く穏やかな声が聞こえた。 「八百アスか。いいだろう、私が買い受けよう」  アトリを買いたいという男性は、身なりのいい紳士だった。長い布を体に巻き付けるトガを着こなし、髭を剃り、短髪をきちんと香油で固めている。  奴隷商人に支払いを済ませると、アトリの手枷を外すように商人に言った。 「さ、私の家に行こう。これに乗りなさい」 「え、僕も……?」  広場に立派な臥輿(がよ)が寄せられる。臥輿は横になったまま担がれる貴族やお金持ちの乗り物だ。輿が青年奴隷四人によってゆっくりと持ち上げられる。今まで見たことはあったが、乗ったのは初めてだ。  隣に横たわった紳士が、アトリの顔をまじまじと見つめる。薄茶の髪に、鼻筋の通った彫りの深い顔だ。生粋のローマ人という印象を受ける。 「今日は広場まで出向いた甲斐があった。金色の髪はいくらでもいるが、黄金の目は珍しい。ずっと、きみくらいの歳の子を探していたんだ。歳はいくつだい?」 「十六……になります」 「そうか、まだ成人していないのなら、ちょうどいい」  アトリはハッと気づいた。  なにか、しないといけない。新しい主人に気に入られないといけない。同じ臥輿に乗せられるということは、夜の相手に違いないだろう。 「あの……。お慰め、しましょうか」
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