空描きのラベル

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 美しいものだけが世界のすべてだった。  絵を描かずにはいられなかった。世界の輝きをひとつたりとも逃すまいと、おれは毎日真っ白な紙にそれを残し続けた。  綺麗なものが多すぎて、時間なんていくらあっても足りやしない。おれにとって、生きることは描くこと、ただそれだけだった。絵の道に一生を捧げることに、なんのためらいもなかった。自分は絵を描くために生まれたのだ、そんな確信を持っていた。  無我夢中でその色と形を紡ぎ、世間に向けて突きつけた。けれど悲しいことに、人々にはその価値が分からなかったらしい。どいつもこいつも見向きもせず、すたすた煉瓦の道を歩いていった。  きっと、やつらの心におれの絵を飾る余白はなかったのだろう。それが悔しかった。人の心を動かす力がないのだと突きつけられている気分だった。  時々物好きな人間が歩み寄っては、「こんなんじゃ駄目だよ」とだけ言い残して去っていった。その屈辱を糧に、おれは寝る間も惜しんで筆を走らせた。
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