空描きのラベル

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 そっと空に向かって線を走らせる。すると、パステルブルーの空に、一本の白い軌跡が残った。  思わず目を疑う。確かにそれは、おれが描いた線だった。  高揚感が頭のてっぺんまで(のぼ)ってゆく。この羽根は、空を描く力を持っているのだ。  せっかくだから、おれはこの羽根の絵を空に描いてみた。地面に身体を投げ出し、天に手を伸ばして腕を振った。今、おれはあの空を捉えている。空に絵を描くなんて、絵描きなら一度は夢見ることだ。高い高い空に浮かんだ羽根を見て、おれは心から感動した。自分の絵を、あの美しい空に残せたのだ。  と、涙ぐんでいたのも束の間だった。身体の力がふっと消え、右腕がゆっくりと土の方へ向かう。  不気味なほど穏やかな疲労感だ。まるで疲れを感じないまま、何年もゆっくりと道を歩き続けたかのような。少ししてから立ち上がれるようになったが、突然大事なものが霧散したような感覚におれは困惑した。  そりゃ、こんな魔法がタダで使える訳ないよな。おそらく、このはおれの寿命なのだろう。このまま描き続けていると、おれはやがて死を迎える。  なんとありがたいことだ、と思った。  最期まで絵を描いて死ねるなんて、絵描き冥利に尽きる。この羽根を落としてくれた天使に、おれは感謝の祈りを捧げた。  寒い冬が来るまでに、死のう。
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