『死ぬ』ということ

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「後藤さん、背中洗ってくれんかな?」  病院に入院して3ヶ月になる吉永さんから声をかけられた。ナイロンタオルにボディソープを馴染ませ、吉永さんの痩せこけた背中を洗った。  今日は入浴担当。午後4時までに20名の患者さんを入れなければならない。たまにはゆっくり風呂に入れてあげたい。そんな気持ちはいつもあるが、時間を考えるとそうはいかない。ほとんどの方をシャワーで済ませている。  どんな仕事もそうだろうけど、理想と現実に折り合いをつけながら毎日を過ごしている。組織の人間、特に下っ端にいる人間とはそんなものだ。  その点、副院長は優しかった。時折、病棟に来ては俺にも優しい言葉をかけてくれた。一方で、患者を粗末に扱うような言葉や態度があれば、周りを気にせず叱咤した。  その本質をみんな分かっているのだろう。副院長を悪く言う人は誰もいなかった。  そんな副院長が亡くなった。でも目の前には、今日も患者がいる。悲しんでいる暇はなかった。
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