児島くん

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 オムツ交換の途中にもコールが鳴るので、スタッフが臨機応変に対応する。トイレ介助や更衣の手伝い、帰宅願望の訴えに、親身に聴き入ることもしばしば。あっという間に午前の時間が経過する。  俺の後ろを付いてくる児島君は、一言も発することなく俺の手伝いに専念していた。正直、とても助かった。ただ彼の表情を見ると、その胸の奥にある黒い影を感じずにはいられなかった。  午後も患者さんのケアは続く。食事介助に歯磨き、体調不良者の観察も忘れない。必要なことを児島君に伝えながら、夕方やっとまともに話す時間が訪れる。  児島君に今日の感想を聞く。 「大変な仕事なんだということが分かりました」  今日1日体験してそれだけ?  まぁ高校生なら、仕方ないか。 「もっと教えてほしいことがあるんですけど…」  ん?何かな? 「もっと起こし方とか、車椅子への移し方とか、そういうことを覚えたいです」  控えめではあるが、その眼は真剣だった。なぜそれを知りたいのか?気になったものの詳しくは問わず、明日は教えることを約束して、その日の実習は終了した。  俺は記録業務を済ませて、職場を後にした。最後に見せた児島君の鋭い眼差しが、妙に頭に残っていた。
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