吐かないと決めた男と溺愛する女

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「ごめん、こんな遅くに。家で寝てたよね」 「うん⋯⋯どうした? 急に電話なんて」 「たいしたことじゃないの。ちょっと、斗真と話したくなってさ」 「そう」 「高三の夏ぶりだよね。あのとき、私、お母さんの仕事の都合で、東京へ引っ越して」 「あぁ、そういえば、マナミが転校してから、いろんな噂が飛び交ってたな」 「へぇー。例えばどんな?」 「父親が刑務所に服役中だとか、母親は結婚詐欺師とか。それに、マナミも親の仕事を手伝っているとか、そんなくだらない噂」  マナミの細く吐いた息と重なる、がらがらと何かを引きずる音。 「マナミ、今、外?」 「ううん、快人の部屋。眠れなくて。快人を起こすといけないから、ベランダに出た」 「あぁ、アイツのとこか」 「昼間、デートだったから」  そうだった。  昨日の朝、今日はマナミと映画に行く約束がある、ってアイツが言ってたな。  それなら、昼に送ったメッセージが既読スルーでも仕方ないか。 「快人から聞いたよ。昨日は斗真の家で、朝まで二人で語り合ったんだって? 一晩中、何の話してたの?」 「まぁ、缶ビール片手にいろいろと。あぁそう、マナミの話も」 「えー、やだなぁ。なんか恥ずかしい」  次は、ぱたん、と何かが閉まる音がした。  アイツのベランダ、散らかってるから。 「そうそう。快人に合鍵貸したんだけど、そこの部屋に緑のタグが付いてる鍵があったら、わかりやすいところに置いておいてくれないかな。アイツ、そういう所、抜けてるから」 「あぁ、それなら、快人のスマホのすぐ近くにあるから平気だよ」 「サンキュ」  言葉の途切れた隙間を縫って、微かなエンジン音が聴こえてくる。すぐ近くを通る、高速道路の大型トラックだろうか。 「快人はすげぇ良い奴だから、きっと、マナミを幸せにしてくれるよ」 「うん。実は、プロポーズされたんだ」 「そうか。良かったな。おめでとう」  昨日ぽつりと、彼女と結婚したいんだよね、とこぼしていたけど、覚悟を決めたんだな。
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