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「あのさ。高三の夏、私が斗真に告白したこと、快人に話したりした?」
「あぁ。ほら、俺、嘘つけないから」
「⋯⋯やっぱり。でも、あれは、本気じゃなかったよ。ただ、転校前に私の爪痕を残したかったっていうか」
「わかってる。俺もそうだと思ってた」
あの頃、地元の半グレ集団と繋がっていたマナミが、ずっと陸上しかやってこなかった俺を好きになるなんて、どう考えてもおかしいと思っていたんだ。
快人にしたって、同僚とはいえ、向こうは大卒でエリートコースまっしぐら。俺は、高卒のしがない配達ドライバー。
同じコミュニティにいたとしても、異次元的に住む世界が違う人間はいる。
「快人が、言ってたんだけど、嘘をつくと体調が悪くなるって本当?」
「脳腫瘍の一種らしい」
「⋯⋯だから快人に、私の高校の頃の話をしたの? 窃盗犯と詐欺師の娘だって」
「いや、それでも、アイツの結婚の意思は揺らがなかったし」
「⋯⋯そんなの、ゆるさない」
まるで別人のようなマナミの低い声と、電話越しの車のクラクションが重なり合う。偶然か、うちの近くでも同じタイミングで鳴って、ぎくりと肝が冷える。
「マナミ、快人の部屋にいるんだよね」
「斗真は嘘が吐けないけど⋯⋯私は、嘘しか吐けないんだよ。今までずっと本心を持たないように生きてきたのに、事実が快人にバレたら、二人のあいだに醜い真実が刻まれるじゃない。玉ねぎみたいに剥いても剥いても嘘ばかりなら、いつか壊れてしまう真実を持たずに済む」
「えっ、この電話って、快人のスマホからかけてる? どうして⋯⋯」
「ゆるせないの。嘘がつけない斗真の存在は、私の嘘を脅かすから」
キャリーケースの車輪の重たい音と、鍵穴を回す音が、玄関先で不協和音を奏でる。
「快人も連れてきたよ。二人仲良く、私の事実と共に消えて。嘘の吐けない斗真がいけないんだから」
やはり、レム睡眠のタイミングで、エアコンの三時間タイマーが切れたことが悔やまれる。
だが、ノンレム睡眠中だったとしたら――。
嘘が吐けない俺を試すかのような、虚構だらけの悪夢と、同じ現実。
玄関ドアの隙間から覗いた、嘘を溺愛するマナミの笑顔は、それすらも嘘なのだろうか。
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