描き直し

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描き直し

「あと1週間はあるんだ。佐伯の実力なら出来ないこともないだろ?」 「そうですけど、あの絵は自分の中でも上手くいったっていう感触があったんです。またあの絵を描けるかって言われたら自信がなくて」 「徳井くんだってわざとじゃないんだろ?だっ たらしょうがない。前の絵を越えるくらいの気持ちでやるんだ。佐伯、まず気持ちを切り替えないと何も始まらないぞ」 「分かりましたよ」 「今日は、一旦帰るか?」 茂木先生の言葉を素直に受け入れて、今日は帰ることにした。赤く染まった自身の最高傑作を抱えて、校門を出た。 今回の美術大会は、2年に一度の格式のある大会で、ここで結果を残せば高校の推薦にも大きな影響が出るし、美術に良い目を向けていない両親にも、結果を見せつけることができる。 なので、今回は気合が違った。考え尽くしたコンセプトと、今までの私の技術とを思い切り表現したそんな作品が必要。そしてそんな作品が、昨日出来上がったところだったのだ。 私自身、手応えも明らかに違っていた。それを自信満々に学校に持っていき、教室の後ろに、その自信を隠すことなく堂々と置いていた。朝からクラスメイトからは、「すごいね」「やばいね」「きれい〜!」という、抽象的な褒め言葉の嵐を受けた。徳井くんにも、言われた。 「やっぱ佐伯ってうまいよな!」 そういった徳井くんの顔を思い出すと、やはり怒りを抑えることができない。せっかくすごい絵が出来たのに。同じ絵なんて2度と書けない。あの私の自信と作品を返してほしい。この怒りはもう徳井くんにしかぶつけようがない。 自分の部屋には、赤く染まった傑作と真っ白なキャンバスが置かれている。ウダウダしていても仕方がない。もう一度、書いてみよう。 自分の作品を写すように、色を、線を、置いていく。良くないことだとは分かっている。模写なんかしたって、原作には勝てない。こうなったら、一から新しい作品を作る方が良いのかもしれない。けど、私はこの作品を無かったことには出来ない。あの手応えを嘘にすることはできない。5時間ほど集中していたようだ。 赤く染まった絵の横に、昨日作り上げたあの作品がまた作り上げられていた。 「悪く…ない」 予想以上に元通りにできたと思う。 その絵を見ながら私の心は、だんだんと落ち着きを取り戻していっていた。 徳井くんには、 少し可哀想なことをしちゃったかな。 明日は、ちゃんと話してみよう。 部屋の中には、濃い絵の具の匂いと、かすかなミネストローネの匂いが存在している気がした。なぜか少し面白くて、笑ってしまった。
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