ただの赤いトマトジュース

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ただの赤いトマトジュース

「じゃあお疲れ様です!」 軽足で美術室を出ると、視界の恥に人影が見えた気がした。振り返ると、徳井くんだった。 「お疲れ。ちょっといい?」 2人で、生暖かい夏の廊下を歩いていく。 「絵のこと、本当にごめんね。俺のことは許してくれなくていいから」 まだこんなに反省していたんだと驚きを隠せなかった。私は描き直しにも成功して、とっくに次の事に目を向けていたというのに。徳井くんはやっぱり、しっかりしてると思う。なんだか私が軽い人間に思えて、少し恥ずかしくなった。 「私の今日の絵、見た?」 「うん。相変わらず上手かった」 「そう思ってくれたんなら、私の絵はもう大丈夫だね」 「でも、やっぱ本人にしか分かんない違いとか、そういうのはやっぱり」 「いいの!私がいいって言ってるんだから。徳井くんだって、わざとじゃないでしょ?」 「もちろん。足を滑らすなんて思ってなくて」 「だったらいいの。はい。この話はもう終わりね!」 「えっ、で、でも」 いつまでも気にしている徳井くんを見ているとこっちが小さい人間に思えて恥ずかしくなってくる。 「もう!じゃあジュース奢って。それで全部解決ってことで。何か買えば気も収まるでしょ?」 「何本でも買うよ!10本でも20本でも」 「1本でいいってば!」 帰り道、徳井くんに買ってもらったトマトジュースを、少し、アスファルトにこぼしてみた。汚い灰色にドロっとした赤色が栄えている。なんだか綺麗に思えた。もう、あの時のような嫌悪感は抱かなかった。 「な、何してんのさ」 隣の徳井くんは私の急な行動にちゃんと驚いて、ちゃんと反応している。 「ふふっ。いいのいいの」 私はもう、 徳井くんのことを、許せていた。
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