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止まらないし、止める気もない
「残念ながら、佐伯。落選だ」
私の絵は、落選した。
「いけると思ったんだけどなあ、まあ強いて言えば、色の塗り方とグラデーションが固いような気がするな」
私の中の、情けなくて、恥ずかしい感情が湧き上がってくる。
「最初に描いた私の絵なら、どうでしたか」
「うーん。あんまり言いたくないが、最初のやつならいけたかもしれないな。だが、もう終わったことだ。切り替えて次に備えよう。まあ今日はゆっくり整理するといい」
美術室を出ると、いつものように徳井くんが待っていた。あの日から、一緒に下校するようになったのだ。徳井くんがどういうつもりなのかは分からないが、私は純粋に徳井くんと帰れるのが嬉しかった。
「どうだった?結果は」
「ダメだった」
「そっか…でも佐伯ならまたいつでも賞取れるよ。上手いのは分かってるんだからさ」
私は出してはいけないあの気持ちを、一生懸命抑える。やめて。そんなこと言ったって何にもならないんだから。必死に、必死に抑える。
「やっぱ美術の世界は厳しいね。佐伯のあの絵でもダメか」
「…最初の絵ならいけた」
「え…?」
2人の間に張り詰めたような沈黙が流れる。
「最初の絵って…」
「徳井くんがミネストローネをこぼしてダメになった、あの絵」
「あっ、えっと」
もう私の気持ちは止まらないんだろうなと、ふと客観的にそう思えた。そしてその予想の通りに、私の気持ちは止まらなかった。
「描き直したって言っても、同じ絵なんか描けないんだよ。結局、最初の劣化版になってるんだよ。落選したって分かったら、もしあの絵だったらって考えちゃうのはしょうがないよね?だってあの絵は手応えも何もかも違ったんだもん。本当の私の実力はこれじゃないのに。こんな妥協した描き直しの絵で、何も知らない徳井くんなんかが美術の世界は厳しいなんて言わないでよ!」
息切れしながら徳井くんの顔を見る。
徳井くんは、泣いていた。
「だ、だよね。俺があんなドジしてこぼさなかったら、こんなことになってなかったのにな。佐伯。本当にごめんな。もう許してくれないよな、こんな俺のこと。うん、分かってる。いいんだ。本当に、ごめん…!」
徳井くんは涙を拭きながら走り去ってしまった。そんな徳井くんの背中を見ながら、興奮して熱くなった目頭と、急に開いたために痛んでいる喉の血の味を感じる。
私、最低だ。
悪い結果が出た途端に、手のひらを返して徳井くんに当たって。描き直しに甘んじるしかなかった私の実力不足なのに。結局ただの自分勝手でまわりを振り回して。もう徳井くんのことは許したのに。
でも、
「あの絵なら落選しなかったかもしれない」
そんな考えが、
私の頭の中から消えてくれない。
私はまだ心の奥で、
徳井くんのことを許せていなかった。
大人気ないと、自分勝手だと、分かっている。
でも、今の私には徳井くんを許すことができなかった。時間も、余裕も、足りない。
結局人間は、
自分が上手くいっていたらなんでもいいし、
自分が上手くいっていなかったら、
なんでも嫌に感じる。
自分勝手な生き物なんだ。
そして私も、
その生き物の範疇から出ることはできない。
徳井くんを許せるような人間に、
私はなれるのだろうか。
徳井くんとまた楽しく話しているイメージを、
私は嘘でもすることができなかった。
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