許せないままで

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許せないままで

私はあの日から、 徳井くんと一度も話していない。 徳井くんを許せるようになったのか、 私はまだ分かっていない。 「佐伯さん!写真撮りましょ」 卒業式が終わり、校庭には生徒たちが各々固まり、記念写真をたくさん撮り合っている。 「佐伯さん、車田さん、卒業おめでとう!」 美術部の可愛い後輩たちと一緒に写真を撮る。 写真を確認しながら、私の頭の隅には徳井くんの顔が浮かんでいた。 最後くらい、話しておこうかな。 そんな気持ちになりつつあった私に、後輩の城川の甲高い声が耳に入ってくる。 「佐伯さんってば!美術室に絵忘れてるぞって 茂木先生が言ってましたよ」 「あ、ほんと?危ない危ない」 美術室への慣れた道のりを、慣れた足つきで進んでいく。東階段を登って、突き当たり左の教室。 美術室には私の絵がポツンと置いてあった。 私が描き直した、あの絵。 落選した、あの絵。 私は、もう許せているのだろうか。 許せるような人間になれたのだろうか。 「佐伯」 懐かしい声がして振り返ると、 そこには徳井くんがいた。 「徳井くん」 「最後に少し話しておきたくて。その絵のこと本当にごめんな。俺、あの日から1日も忘れたことないよ。ずっと後悔してた。なんであんなことしたんだって。だから佐伯。最後にもう一回謝らせてくれ。本当にすまなかった」 徳井くんからまた謝られて、気持ちの整理がついた。 今なら、正直にぶつかり合える気がする。 「私、徳井くんのこと許せない」 徳井くんはなんとも言えない表情をしている。 「でも、私徳井くんと仲良くしたい」 「え?ど、どういうこと」 「私多分これからも、あの絵だったら落選してなかったかもって思う。徳井くんがミネストローネなんかこぼしてなかったら、もしかしたら、って。だから多分許せないんだ、徳井くんのことは」 「でもそれは、あの出来事において徳井くんのことを許せないってだけ。そこで嘘ついて、もう許したなんて言っても、なんか気持ち悪いんだ。だったら、逆に堂々としようと思って。私は大人じゃないから、まだまだ子供だから、あの時の徳井くんのことを許せません!ってね。でもこれからの徳井くんと私のことについては別。私は徳井くんのことを嫌いになったわけじゃない。だから、これからまた仲良くしてほしいな。徳井くんがこんな私を嫌じゃなければだけど」 徳井くんは、 あっけに取られたようにこちらを見ていた。 「佐伯は、優しいな。許したフリしてテキトーに元の関係に戻った方が楽なのに。結局、相手にとって1番気を遣わせない方法を選んでくれたんだな。そりゃ、許せるわけないもんな。人間みんなそう。本当に心の底から許せることなんてない。違う出来事で目を逸らされてるだけ。また正面にそいつが現れたら、許せないって感情が出てくるもんなんだよ。俺のことなんか一生許してくれなくたっていい。こちらこそ、こんな俺で良かったら、また仲良くしてほしい」 「じゃあ、これあげる」 そう言って私は、あの描き直しの絵を徳井くんに渡した。 「え、いいの?」 「だって、その絵見たら、許せない徳井くんのこと思い出しちゃうもん」 「たしかにそうだな。じゃあ俺が佐伯の目に触れないように、安全に守っとく」 「もうその絵にはいくらミネストローネこぼしたっていいからね?」 「こ、こぼさないっての!」 絵に反射した太陽の光が、 お互いの顔を照らしていた。 表情はよく見えなかったけど、 今までで1番、 晴々しい表情をしていたように思う。 私はそう思うし、 徳井くんもそう思っていた、そんな気がする。
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