推しのぬいを捜していただけなのに

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推しのぬいを捜していただけなのに

 日が沈みかけている道で捜し物をして歩いていたら、同級生が落ちてきた。 「こんなところで寝ていたら、危ないと思うのよ」  すると彼はむくりと身を起こして言うのだ。 「この状況で、そんな呑気なこと言えちゃうの流石だわ」 「あ、大丈夫? 怪我してるみたいよ」 「河嶋サン、実は混乱してるデショ」 「落とし物を捜して道を歩いていたら、目の前に人が降ってきて同級生だったら混乱しない?普通に」 「そーね」  彼の身体が緊張で強張るのが、そばで見ていて分かる。 「河嶋さん、走るの得意だっけ?」 「速くはない」 「ゴメンね、巻き込むわ」  ぐっと身体を引き寄せられて、肩に担がれた。 「!?!」 「舌噛まないように、しばらく口は開かないでね」  風を切る音がしたかと思えば、地面が遠くにあった。 (飛んだ!?)  同級生である彼は、私を肩に担いで跳んだ。  ※   松原渉との関係性は、同級生だということだけだ。  もう少し言うと、彼の仲良しさんが私のクラスメイトなので、名前は認知されている程度。  彼等は、目立つ。  高めの身長にスラリとした体型だが、薄着になると伺える筋肉の存在が、3割増に彼の容姿をイケメンと言わしめている。  その筋肉が、飾り物ではなかったことを、自分を担いで結構な速さで塀やら屋根やらを跳んで?移動することにより、知らしめられている。  我ながら重いと思うのよ。  身長は決して小柄ではないし、華奢でもない。  なんなら趣味で筋トレしているから、尚更重いはずだ。  せめてあまり負担をかけないように大人しくするしかできない。    そうでも考えて気を紛らわせないと、悲鳴をあげてしまいそうな(おぞ)ましい『ナニか』が追ってきている。  松原くんが、物凄い速さで移動してくれているから直視せずに済んで『ナニかが追って来ていること』しか分からないが、アレは見てはいけないものだと、生物としての本能が訴えかけてくる。  気付けば民家がまるでない、申し訳程度の街灯がある山の中に居て、街灯の灯りの下で降ろされる。 「松原くんて、アレ?なんだっけ ほら、建物をよく分からない感じで移動するスポーツ」 「パルクール?」 「そうそう、それ!それやってるの?」 「まあ、そんなトコ」  彼が、くしゃりと笑みを浮かべる。 「河嶋さんの、そういうトコ救われるよ。 ああそうだ、これキミの?」 「あ!それ捜してたの」 「河嶋さんが好きなキャラの人形だなって思って、昇降口で拾ったんだ」  受け取ろうと手を差し出すと、ひらりと手が引っ込められてしまった。 「え?」 「ね、済んだら返すからさ オレの無事を祈ってくれない?」 「ぶじ?」 「目ぇ閉じて耳塞いでて、灯の下から出なければ大丈夫だから  助けは呼んであるから、オレが駄目でも大丈夫だから動かないで待ってて」  死地に赴く人というのを、目にしたことはないが目の前の彼の表情はそういう類のものなのだろう。 「松原くんが無事じゃなかったら、私のワタルも無事じゃないから五体満足で戻って来て」  キョトンと彼が目を瞬く(しばた) 「コイツ『ワタル』って言うの?」 「そうだよ」 「そっか、オレもね『(わたる)』て言うんだ」  それだけ言うと、彼は(きびす)を返して行ってしまった。 「知ってるよ」  自分の推しと同じ名前のカッコイイ男の子。  自分と関わることなんてないだろう男の子。  落とし物をして、拾ったのが彼だったなんて少女漫画ならば、ときめく物語の始まりだったろうに、まさかのバトル(?)ものなんてあんまりだ。  これがきっかけで、彼とよく関わることになりなんなら下の名前で呼ぶことを要求されるようになるのなんて、この時の私は知るよしも無かった。
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