始まりの日

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始まりの日

 さわさわという音に耳を澄ませました。  薔薇の歌なのか風の歌なのか、玄関ポーチを掃きながら音楽のような音を聞くともなしに聞いておりました。  玄関の大きな扉は、昨日源吾が隅々まで脚立に乗って確認をしてくれています。私も源吾もそんな必要がないことはもうわかっておりますが、習慣というものは恐ろしいもので、それをしなければ気持ちが収まらないのです。  昨日、庭の薔薇に鋏を入れながら、「あまりに美しくて怖いくらいだ」と、源吾は申しました。華様の浴槽に入れる薔薇を籠に受けていた私も、首を切られてなお艶やかに輝く赤い薔薇に不気味な感覚を覚えたこともありましたが、ただ美しく咲こうとする薔薇にはなんの罪もない、今はそう思っております。  そしてこの薔薇たちを使って華様と押し花を作ったり、ブローチを作っていた懐かしい日々を思い出しておりました。私にとって妹と過ごすようなそんな楽しい時間も、華様にとってはお淋しさをじっと堪える時間だったのでしょう。  それがいったい何時頃なのかは決まってはおりません。ただ361日目が今日だということしか。それも何か決まっているわけではございません。  日が登ってすぐ、まだ鶯も眠っているだろう頃に華様のご様子を見に行ったところ、華様は眠ったまま窓の方に体を向けていらっしゃいました。  それを源吾に伝えますと、何やら書き物を確認してから、正午過ぎに軽い食事の準備と浴室の準備をするようにと言われました。恐らく細かく記録のようなものをつけているのでしょう。  私はそういうものは苦手です。いえ、こうして記することは好きなのです。感じたままに自由に文章にしていくことは。ただ源吾は『何日何時』という辺りを細かく記しているのだと思います。殿方は皆様そういうことがお得意なようですが、数字だけではありませんのにね。もっとこう情緒的なところも考えればよろしいですのにね。
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