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7 その晩のこと
今日の昼間にあったことは、ターには内緒にすることにした。絶対に茶化されるからだ。賢人はそういう冷やかしへの対処が苦手で、さらっと受け流せない。後からすごくモヤモヤするので、最初から言わない方を取った。
別に、何も起きていない。
物事を端的に整理するなら、以前見かけただけの人と、少し会話をしたということだけなのだ。その人がとてもカッコいいとか、映画のロケ現場にいたとか、結構話しやすい人だったとか、そんなことは本筋のおまけに付箋で貼った程度のことだ。
だけどそのおまけが、とても気になったり、時々フラッシュバックのようにポンと出て来たりするから、厄介で賢人は困っている。
会話を反芻したり、あの人の顔を思い出したり、サボったと言ってたけど叱られていないだろうかと心配したりで、大忙しになっている。
戻ってからしようと思っていた課題も、気もそぞろで結局手につかなかった。
そんなこんなで一日が過ぎ、夜の大浴場に行くと、男湯は珍しく空いていて誰もいなかった。
いつものように簡単に身体を洗ってから、露天風呂の方へ出ると気持ちの良い風が吹いてきた。風で雲が流されたのか、星もよく見えて一層心地良い。9月に入ると、さすがに少しずつでも気温が下がってくるのかもしれない。
湯舟の縁石のところに腰かけて、足先だけ浸かって夜空を眺めていると、賢人の頭の中には、どうしてもまた昼間のことが蘇ってくる。
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