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多重な身体
「ねぇ、もっとキスして」暗闇の中、甘ったるく湿度の高い部屋で、私は瞬とキスをしやっている。2人が付き合ったのは半年前のことだ。
彼は多重人格の解離性同一症を持っている。
私は別の人格を見たことはないが、いつもカバンには赤いヘルプマークをぶら下げている。
別の人格を見せないのは彼なりの気遣いらしい。
彼はとても優しい。私の荷物が多いと代わりに持ってくれるし、体調など悪いとすぐわかって気遣ってくれる。可愛いって言ってくれる。
日雇いのバイトで瞬は生計を立てている。
そして、ここからが私たちの障害だ。
別人格はそれぞれ彼女がいる。
そのため、知らない甘い香りが瞬に纏っている時がある。そんな時、私は少し憂鬱になる。
瞬に聞くと『ごめん、健吾がさっきまでデートしてたから』という。
瞬の首筋に赤紫の跡が付いていた。「瞬、これキスマーク?」瞬は「あ、そうなんだよ、昨日、正明が彼女とセックスしてたから」
私の心臓はギュッと何かに握られ、吐き出したのは吐息と湿った悲しみに紛れた涙だった。
瞬は困惑している。
私は瞬のことが大好きだ。見た目も心も好き。それなのに、瞬は色んな体を重ね合っている。
ただ、瞬は一度も浮気をしていない。
だって浮気は気持ちから、瞬の気持ちは一度も浮ついた事などない。
それなのに私の心は崩壊していく。
私が1番愛しているのは瞬の心ではなく身体なのか。私は全てがわからなくなった。
私は仕事に行った。最近話しかけてくる男の上司が『なんか、元気ないね、どうかしたの?』と私に話しかけてきた。
私は「いや、そんなことないです」というと
「でも、目が赤いよ?彼氏と喧嘩でもした?」と的をついてきた。
私は図星を当てられたので軽く話した。
私の話を聞くと上司は「今夜空いてる?最近、近くで出来たイタリアンがあって、そこに行ってみたかったから一緒にどう?」と言った。
私は誘いに乗った。
瞬とは行ったことのない高そうなお店だった。
美味しい料理、上司は彼氏のことを聞いてきて、何もかも打ち明けた。
上司は「それはひどいね、誰だってそういう気持ちになっちゃうよ」と優しい言葉をくれた。
私は自分はひどい人間なんかじゃないと、救われたようで安心した。
料理も食べ終えて、10時を回っている。
上司は「ここの近くにあるバーがとてもおしゃれで良い」と誘ってきた。
私はイタリアンで飲んだワインのせいで少し酔っていた。
ほのかに香る甘い気持ちでバーに行った。
私はカシスオレンジ、上司はギムレットを頼んだ。「でも、本当にひどいよね、春香ちゃんこんなに可愛いのに、他の女と寝るなんて、本当は嘘なんじゃないの?俺なら絶対そんなことしないのに」と言って、少し身体を近づけてきた。
優しくしてくれる上司に
私は気持ちと悩みを全て吐いた。
バーを出て人気がないところで
上司は私を抱きしめた。
上司は瞬く間に唇を近づけて
そっと柔らかく唇を押し付けた。
私も柔らかな唇で受け入れた。
上司と一夜を過ごした。
上司は朝、淡白だった。
私と上司は何事もなかったようにホテルを出た。
私の身体に赤紫の跡を残して。
私はすごく虚しい気持ちに苛まれた。
心の中がうるさく騒いでいる。
居ても立っても居られない私に誰かが私の口で
「大丈夫だよ」と優しく呟いた。
彼女は私をそっと抱きしめた。
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